板倉は零のことが好きだ。だがそれは零本人が好きなのではなく、零の才能が好きなのだ。だから板倉は零を好きで、零を敬うが、結局のところは零の性格には興味がない。むしろ板倉は、零の性格が理解しがたい。なぜそんなに他人に甘い? なぜそんなに他人を優先してしまう? なぜその才能の価値をもて余す? きっと板倉は、零の性格を好きにはなれやしない。
「あ」
 二人で喫茶店を出ると、目の前にいかにも道に迷っている老婆がいた。キョロキョロと周りの建物を見渡し、そして地図をくるくると回す。典型的な迷子の姿が出来上がっていた。板倉は煙草を吹かしながら、きっとそのままではこの老婆はどこにも行けないのだろうなと確信した。
 と、板倉が確信すると同時に、隣にいた零が何も言わずに老婆の元へと駆け寄る。板倉はしばし呆然とその背中を眺め、それから爽やかな笑顔をたたえて老婆に話し掛ける零に、なるほど道を教えてやるのか、と紫煙を吐く。その向こうでは零の笑顔に警戒心を解いた老婆がいた。
「どこに行きたいんですか?」
「この店に……」
「ああ、この店だったら……」
 零の説明を聞き、板倉もだいたいの目星をつける。なるほど、確かにその店は少し行きにくい。だが、そんなことを知ったところで板倉には何の得にもならず、さらに言えば時間の無駄だとすら感じる。煙草が短くなり、ポケット灰皿で火を消して入れる。その間にも零の説明は続き、老婆はふむふむと頷きながら聞き入る。その姿に、どうだ零は賢いだろう、と板倉は思ったが、あまりにも子供っぽすぎて即座に消した。
 零が板倉、と名前を呼んだのもその時だった。
「なんだ、終わったのか?」
「ああ、説明は終わった。で、今から俺は道案内してくるから」
「は?」
 思わず間抜けな声を出してしまったのは致し方ない。だが、零は心外だと言わんばかりに「放っておけないだろ」と口を尖らせる。しかし板倉にしてみれば、心外なのはこちらである。なぜならば
「お、お前、このあと俺の家に……」
「ああ、悪い板倉。ちゃんとあとで行くから」
 悪気もなく、さらりと言ってしまう零に、板倉はなぜだ! と色々な意味で頭を抱えかけた。その中でも一番大きく占めたのは、なぜお前の価値をわかる俺を蔑ろにする! というものだ。だから板倉はちゃんと零を好きにはなれやしない。



せいぜいこまれ
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