掴まれた腕の力は本当に自分よりも年下なのかと疑うほどのものだった。現にたった1つしか違わない後輩に掴まれた腕はギリギリと縛られたように痛い。きっと解放されたならば、痛々しい、赤い跡が残ることだろう。柳はそこまで思い描いてから、跡が残るのを避けるために「赤也、はなせ」といつも通り優しく言った。
 しかし手は放されることはなく、むしろ力が強くなってしまった。これでは確実に跡が残るだろう。ため息を吐き、諦めることにした。そして次に、早く帰りたいと思った。赤也は俯いたまま、何も言わない。
 柳は空いている手を使い、どうしたんだとその頭を撫でた。
「柳、先輩」
「なんだ」
「柳先輩」
 名前を呼ぶ声は握力の強さに反比例するようにとても弱い。これは何か面倒なことを考えているな。なんだかんだと放っておけない後輩の姿に、そう感じた。
「どうした?なにかあったのか?」
 ギリギリ、いまだ掴まれた手はとても痛い。だが柳は先輩として、痛がる素振りを欠片も見せなかった。そろり、と上がった大きな目は、とても不安げだった。言うのを躊躇う様子も見える。だから柳は頭を撫で続けることで促した。あくまでも無理強いはしない、と見せれば向こうは結構応えるものだ、という計算はもちろん含まれている。そして目論み通り、赤也の口が開く。
「柳先輩、を」
「俺を?」
「置いていきそう、で」
「……お前が?」
 思わず訝しげな問いになってしまった。赤也はそれに今にも泣き出しそうな反応を示し、しかし頷いた。だから柳は訊ねた。「どういう意味だ?」
「意味……って言われても、その、うまく言えないんすけど、さっきいつものように先輩と帰って、分かれ道んとこで別れる時に急に、あ、俺柳先輩を置いていっちゃうって思ったんす。変だってわかってるんすけど、でも、なんか今どうにか繋いどかないとダメな気がしたっつうか……」
 悟い柳はしどろもどろな文脈からある程度、というよりも言った本人以上にその内容を理解した。そして、ああこの後輩は感覚的にながらもちゃんと察しているのだな、と思った。それはとても、誉めてやりたいとかいう慈愛に満ちた気持ちになる。そう考えれば、自分の腕にこの後輩の跡が残るというのも中々に悪くない。
 ふ、と笑みが零れる。赤也は顔を上げ、意味がわからず首を傾げた。しかし柳はそれには答えず、「ちゃんとお前の隣にいるさ」と、嘯いた。単純な後輩はそれだけで、いとも簡単に顔を輝かせ、それから、すみませんでしたと言って手を離した。そんな可愛い後輩の姿を見詰め、果たして簡単に俺たちを置いていくお前と簡単に嘘をついてみっともなく縋ってしまう俺とではどちらが嫌な人間なんだろうな、と声に出すことなく問い掛けた。答えは誰も知らない。



いつかのさよならのために聞こえないふり見ないふり
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