人吉が泣いた。否、泣かされた。しかも悔し泣きではなく、彼にしては本当に珍しく、悲しげに、ショックを受けたような、いじめられたような泣きかただった。恐らくこの場にめだかがいれば、人吉の泣き顔を懐かしんだだろう。それほどに人吉は泣いていた。くすんくすんと音がするほど、泣いた。
 そんな弱々しい人吉を、阿久根は黙って見ていた。ちなみにこの場合の黙って、とは、絶句を意味する。なんせ阿久根は、人吉がこのように泣く姿を見たことがない。というよりも、そもそも人吉が泣いている姿を阿久根は見たことがなかった。中学から知っているはずなのに。
 ほろほろと溢れ出す涙を袖で拭う。鼻を啜る音と嗚咽が混じる。酷く居心地が悪い。まるでこれでは、阿久根が人吉をいじめたようではないか。阿久根はため息を飲み込む。恐らく八割方は自分が悪いからだ。
 けれど、人吉だって少しだけ悪い。と阿久根は残りの二割を人吉に押し付けた。先輩らしかぬ思考ではあるが、それだけ阿久根には衝撃的だったのだ、人吉が自分の暴言に泣くということが。
 阿久根は、人吉を虫呼ばわりする。酷ければ害虫、マシでも益虫だ。虫の他にも人吉を貶すようなことはたくさん言ってきている。しかし人吉はそんな阿久根の暴言にも反骨精神丸出しに噛み付き、さらには阿久根に暴言も吐いていた。そんな人吉しか、阿久根は知らない。なのに、今は阿久根の前だというのに、くすんくすん泣いている。
「ひ、とよし、くん」
 段々といたたまれなくなり、阿久根は意を決して人吉を呼んだ。だが人吉は泣いてばかりで、返事をしない。むしろ、名前を呼んだことで肩が跳ねたことに阿久根はショックを受けている。そんな、だって、まさか。
「ふ、ぅ……あ、くねせんぱ、いなんて、け、ケーキ、の上に、ついて、る、ミントな、く、せに……!」
 人吉からのか弱い反撃は、的確に阿久根の心を突いた。何も悪くないはずなのに、思わず謝りそうになるほどには、効果があった。何よりも、こんな時でも阿久根をカッコいいと無意識に言ってしまっていることが、最終的に阿久根に罪悪感を植え付けた。気まずい。
 そんなことには気付かず、人吉は泣き続ける。数分前に阿久根にさらりと言われた「人吉くんはまるで、刺身に着いてるタンポポみたいな存在だよね」という一言に傷付きながら。



誠意ある殺意
お題>容赦
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