「柳さんは生きてて楽しいんすか?」
 突然吐かれた台詞はあまりにも人の心を抉るものだった。柳は着替え終わる赤也と当たり障りない会話をしながら部誌を書いていたが、さすがにこれには手を止めざるを得ない。部誌から目線を上げるが、赤也は特に悪意ある顔をしておらず、むしろ幼い子が図鑑などを指差し、これはなに? と純粋に訊ねているような顔だった。そういえば先ほどの台詞も、いつも通りの能天気そうな声だったな、と思い出す。そこで柳は自分が存外先ほどの台詞に傷付いていることを知った。
「どうした、突然」
「いや、なんとなく」
 本当になんとなく、なのだろうな、と柳はこれまでの赤也のデータを掘り返し、確信した。それにしても、いつも思うがこの後輩はあまりにも突然すぎる。つい1分前までは腹が減ったと騒いでいたというのに。常々思うが、いったいそのワカメ頭の中身はどうなっているのだろうか。ある意味、幸村などよりも興味が湧いた。柳はふむ、と顎に手を添え、赤也に分かりやすいように考えるポーズを取って見せた。赤也もそのポーズを見たことにより着替えを再開させる。柳は足を組みながら赤也の着替えをぼんやりと眺め、質問を咀嚼する。
 特に主語はなかったが、柳は赤也が何を言いたいのかは十分に理解していた。というよりも、それは別に初めて言われたことでもない。さすがに生きてて楽しいか、までは言われたことはないが、小さい頃などは家族などにそんなにもデータばかりで楽しいのか、とはよく言われたものだ。そのたびに柳はデータ収集が楽しいと答えていた。いや、本音を言えば楽しいというよりも、生き甲斐なのだけれど。しかし相手に伝わりやすいのは楽しいだったので、それを使っていた。しかし今は生きていて、というワードがある。柳はどう答えたものかなぁ、と少し悩んだ。ガタン、と椅子を引く音が思考を遮る。見れば、いつの間にか着替え終えていた赤也が向かい側に座ってこちらをじぃ、と見詰めていた。
「どうした?」
「いや……柳さんがそんな悩むなんて珍しいなって」
「そうか?」
「そっすよ」
 肯定し、赤也は退屈そうに頬と机をくっ付けていた。その赤也の行動は柳のデータにはない。柳のデータでは、ここで赤也は「あ、そんなことよりも柳さん! 一緒にコンビニ行きましょうよ!」と華麗に空気やら何やらを読まずに柳の手を引っ張るはずなのだが。今日の赤也は変だ。
「赤也、帰らないのか?」
「んー、柳さんが質問に答えてくれたら」
「そんなにこだわることか?」
 らしかぬ疑問に首を傾げると、そこで赤也の耳がうっすら赤くなっているのを柳は見付けた。これは何やら恥ずかしいことを考えたらしい。顎に添えた手をそのまま耳に伸ばし、少し引っ張る。ぎゃっ、と赤也の顔が上がる。
「お前が何か恥ずかしいことを考えていた確率、98パーセントだな」
 ふっ、と笑むと、赤也はぎょろぎょろと目を泳がせ、そして観念したように呟く。「笑いま、せん?」柳は頷いた。わくわくする。
「……あんたが、俺のくだらない質問にあんな真剣に考えてくれたのが、嬉しくて……あ、あと、その、このまま悩んでたら、もっと一緒にいれるな……って」
 言ったことによりさらに恥ずかしくなったのか、赤也は柳の手を振り払うように席を立ち上がり、早く帰りましょうかと早口で促した。しかし柳は何も返事が出来ず、赤也の背中と真っ赤になった耳を見ながら、このまま自分が何も言わなければ彼の言う通り、もう少し一緒にいれるのだろうと考えた。そして、本当に彼が羞恥にでも耐えきれなくなったら、データ収集はもちろん楽しいしお前がいるから生きていて楽しいし幸せだよ、と伝えてやろうと計画した。
 それを聞いた赤也がもっと恥ずかしくなってしまう確率は、100パーセントだった。



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