忍足は自分の目があまり好きではない。顔は整っているという自覚はあるしむしろ嫌いではないのだが、目だけがどうにも好きにはなれない。いつも鏡を見るたびに、どうしてこんなにも顔はいいのに目だけはこんなにも汚いのだろうかと嫌になる。家族からはそんなにも嫌いなのかと、従兄弟からはお前女みたいやなぁと呆れられたが、それはお前らの目は汚くないからだろうと忍足は胸中だけで拗ねた。案外こうして忍足のあの技が出来たのかもしれなかった。
 そんな忍足は現在、眼鏡を掛けている。視力は悪くない。むしろ端から見れば眼鏡とか邪魔じゃない? という疑問がよぎる。だが忍足にとって眼鏡、というかレンズのおかげで他人に自分の汚い目が少しでもましに映るので邪魔どころか無くては困る。それに眼鏡を掛けた自分は中々に格好いいと思ったし、家族の反応も悪くなかった。従兄弟だけは拗ねていたが、その従兄弟の弟から「兄ちゃんがな、侑士兄ちゃんが眼鏡掛けてから自分よりモテて嫌や言うてたで」という報告を受けていたので気分は良かった。ざまあみろ。
 眼鏡を掛けてから世界は綺麗になった。それは本当に視力の悪い人間が言うべき台詞ではないのかと苦笑いされるが、それでも忍足自身がそう感じたのだからそうなのだろう。息だって、どれだけしやすくなったことか。告白だって眼鏡を掛けたほうが圧倒的だったし、テニスをする際なども威圧感でも出るのか、少し有利になる。まさに万々歳だった。ビバ眼鏡。ノー眼鏡ノーライフ。大袈裟にもそう思うほどだった。
 そうして眼鏡によって精神的に穏やかな日々を過ごしている忍足は今、眼鏡の汚れを拭くために眼鏡を外していた。本当はなるべく外したくないのだが、汚れたままの眼鏡を掛けるというのも嫌だったし、まあ拭くくらいならいいかと割り切っていた。しかしなぜか今日は割り切ることが出来なかった。心も閉ざせない。何故ならば、向かいに座る跡部がじーっと忍足を見詰めているのだ。どうにか気にしないようにしながら、忍足は軽くパニック状態であった。何故だ、何故そんなにも見詰めてくる、跡部よ。もはや綺麗になった眼鏡をまだ拭き、もしかしたら跡部は自分のこの汚い目が嫌いなのではないかと思った。跡部は、綺麗なものが好きだから。
 嫌だな、と忍足は思った。跡部がこの目を嫌いかもしれない、というよりも跡部が嫌う目を持つ自分が、嫌だな、と思った。なぜ自分の目はこれなのだろう。もっと、いろいろあっただろう。せめて、綺麗でなくとも、普通で良かったのに。忍足は眼鏡を曇らす振りをして、ため息を吐いた。
「なあ、忍足」
 ぎくり、と全身が強張る音がよく聞こえる。ああ、ああ、ついに我らが王様に、罵られるのだ、と忍足は死にたくなった。が、死ぬよりも前に彼の呼び掛けに答えなければならなかった。ぎぎ、と不自然な動きで顔をあげる。眉を寄せる跡部がそこにはいた。死にたい。
「な、んや?」
「いや、お前さ、なんで眼鏡掛けてんだよ」
「なんでって……裸眼、見られたぁないから……」
 しどろもどろな回答にびくびくする。きっと彼は当たり前だそんな目見たくねぇよといつものように言うのだろう。綺麗に拭いたレンズに映る自分の、汚い目を今すぐに潰してしまいたかった。跡部から、ああ? と不快、というよりは不思議でたまらないという声がした。
「なんでだよ、お前の目、綺麗じゃねぇの」
 忍足はあ、自分は今現実逃避の真っ最中なんやな、と思い込んだ。だが、がくがくと震える足やきっと椅子に座っていなければそのまま床に座り込んでしまいそうなほどにくたくたになった腰は、思い込みにしてはリアルだ。あ、これ現実やわ。そう気付いた時には、手にあった眼鏡はぐしゃりと握り潰していた。レンズの破片が手に刺さり、とても手が痛かった。



瞼の裏の新世界
お題>容赦
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