DIOには顔が無い。正しくは、顔の表面が真っ黒で表情がまったく見えなくなっている。それ以外は何事もなく肌色や金色の髪を晒している。だが、もはや人間を止めてしまったDIOにはそんなことは微々たる問題であったし、また、彼の部下もDIOの顔よりもDIOのカリスマ性に惹かれた者が多いせいか、特に困ることはなかった。そう、それはDIOによって吸血鬼化されたジョナサン・ジョースターでさえも。
かつてDIOがまだディオ・ブランドーだった頃の宿敵であったジョナサンはディオに身体を乗っ取られ死んだ。しかしディオはジョナサンの身体を乗っ取った後、実験と称してジョナサンの首と適当に作った死体を、自分の血を使い、自分のように引っ付けてみた。これでうまくいけば今後の部下の調整に応用できるし、失敗したとしてもDIOの力さえあれば消すことは容易く、どうということはない。リスクは限りなくゼロに近かった。強いて言うなれば、DIOにはまだジョナサンに対する執着心が強く残っていたぐらいだ。
結果として、実験は成功した。首と死体を引っ付け、DIOの血を与える。するとみるみるうちにそれは血を吸い、そしてジョナサンは無理矢理目を覚まさせられた。DIOは成功したことと、再びジョナサンに合間見えたことに言い様の興奮を覚え、ディオの時には出来なかった抱擁をした。ジョナサンは何が起こったのか理解できないように瞬きを繰り返し、やがて自分がDIOによって吸血鬼にされたことを知り、そしてDIOの真っ黒な顔に、悲鳴を上げた。
悲鳴が収まると、DIOはジョナサンが生前の記憶や性格をしっかりと持っていることを確かめ、そして絶望を与えるようにジョナサンはDIOに支配されたという事実を叩き付けた。ジョナサンはなんということだ、と嘆き泣いた。当然である。自分と共に死ぬことで、ディオの復活を阻止出来たと思っていたのだ。それが失敗し、しかもちゃっかりと身体を乗っ取られ、おまけに頼んでもいないのに吸血鬼にされたのだ。それに、情緒が不安定なジョナサンに、DIOの真っ黒な顔は着々と恐怖を与えていた。DIOはそんなジョナサンを見て嘲笑する。その嘲笑さえ、ジョナサンには真っ黒で見えなかった。
そこからDIOとジョナサンの生活が始まった。生活と言うよりは、攻防と言ったほうが正しいかもしれない。なんせ、ジョナサンはDIOに自分を殺すよう懇願するし、DIOはジョナサンに血を飲むように強制させようとする日々を送っていたのだ。とは言え、もはや波紋も使えず、尚且つDIOの支配下に置かれているジョナサンを意のままに操らない辺りから、どうやらDIOはジョナサンとの攻防を楽しんでいるらしい。生憎と、気が立っているジョナサンにはまだ真っ黒な顔から表情を読み取ることは出来ないが。
それでもジョナサンは毎日死にたいと思いながらも生きていた。常にDIOが傍にいるせいで自殺は出来ず、そして恐らくDIOはジョナサンの知らぬ間に血を飲ませて衰弱を防いでいる。そのことがまた、ジョナサンの死にたいという欲求を刺激する。いや、出来ればちゃんとDIOを殺してからにしたいが、それはどうやら途絶えずに生きているジョースターの末裔に任せればいい。DIOには言わないが、ジョナサンはDIOが自分の子孫に勝つという想像が難しかった。きっと、ジョースターの血筋ならば。それだけが唯一の希望だった。
そんな風に毎日をDIOによって生かされているジョナサンは、ようやく最近、DIOの真っ黒な顔に恐怖を抱かなくなった。決してDIOを受け入れたわけではなく、きっと単なる慣れなのだろう。それでも、それだけでジョナサンの精神的苦痛は和らぐ。いくら憎かろうが自殺したかろうが、恐怖はないほうがいい。そもそも一向に吸血鬼に馴染む気配はなく、一度死んだこともあり、ジョナサンにはDIOの真っ黒な顔以外に恐いものはなかった。これで波紋が使えれば、まさに最強である。本当に身体を乗っ取られたことが悔しくて仕方がない。
ともかく、ジョナサンはDIOの真っ黒な顔に慣れ出した。DIOもジョナサンが自分の顔に慣れたことを知り、ようやくかとため息を吐く。いったいどこにため息を吐ける口があるんだとジョナサンは激しく気になったが、それを気にしだすとキリがないのでもう少し経ってから聞くことにした。何故か、ディオとは違い、DIOはジョナサンに比較的優しいのだ。たぶん教えてくれるだろう。
「ジョジョ」
名前を呼ばれ、DIOの手がジョナサンの冷たい頬を撫でる。DIOの手も冷たかったが、ジョナサンは気にすることもなく、DIOは今どのような顔をしているのだろうかとぼんやりと思考を巡らせた。しかしいくら見詰めてもDIOの表情はわからず、更に言えば、ジョナサンはディオの怒った表情や人間を止めてからの笑顔ばかりが印象に残っており、なかなか想像で補うことも出来なかった。
「君は今、笑っているのかな、ディオ」
DIOは答えない。ただ、頬を撫でる冷たい手は、当ててみろと言っているようだった。
顔も見たくない