可哀想だと思っている。本人にハッキリと告げたことはないが、きっと本人自体がそのことを嫌というほど理解しているだろうから、これからも言うつもりはない。ただ、可哀想だと思うことだけは、止められなかった。
 なんせ紫原の目に映る氷室という人は、いつもいつも、苦しそうに、首を絞めるように笑っているのだ。

 はじめて紫原が氷室に出逢った日、その時から紫原は氷室のことを可哀想な生き物だと認識していた。
 確かに氷室のバスケットは凄いものだった。ただ、キセキの世代には程遠い。キセキの世代である紫原だけが、そのことを理解した。だから、可哀想だな、と。彼にしては珍しくそんな感想を抱いた。
 しかし紫原以外の人間は、キセキの世代のようだと氷室を持て囃した。キセキの世代である紫原と合わされば、負けるはずがない。そうも言った。
 きっと、いつもの紫原だったならば、何をふざけたことを言っているとキレたことだろう。氷室はキセキの世代には程遠いし、だいたい自分だけでも十分勝てる。
 だが、紫原は何も言わなかった。代わりに手持ちのお菓子を食べる。それは彼にしては珍しい、気遣いというものだった。
 そしてそれは、氷室に足りない『才能』を持っている紫原だからこそ、出来たことだった。

 今、氷室は泣いていた。紫原の嫌いな暑苦しい雰囲気を纏い、試合を放棄すると言い出した紫原を殴り、そして自分の口から、紫原を妬んだ。ようやく自分の首を絞めていたものを、紫原に向けた。
 紫原の顔に涙がぼろりとこぼれ落ちる。だというのに、紫原は氷室の涙よりも涙に濡れた睫毛が綺麗だと思った。こんなときにこんなことを考えてしまうのも、きっと紫原が自分は氷室よりも優位な人間だと自覚しきってしまっているからだ。
 つまり、氷室がどれだけ熱く語ろうが、紫原には響いてこない。ただただ、足掻く姿を見せ付けているだけだった。紫原にはそれがとても鬱陶しく、そしてだからこそ、紫原は氷室が可哀想で仕方がない。
 救ってやろうなどとは微塵も思っていない。仲良しこよしになろうなど、もっての他だ。だが、共に落ちることくらいならば。紫原はため息を吐く。
 しょうがない。



まっくろな睫毛の底に落ちてみたい
/企画提出文
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