人間を、それも大量に殺した後となると1人で帰るのが酷く億劫になる。服装などは零崎から式岸に戻したが、血の匂いがかすかにするようで。しかしそれよりも俺がこんなにも億劫になるのは、一重に人間が単なる肉の塊にしか見えなくなるからだろう。今さら気持ち悪いとかそんな常識的な感情は持ち合わせてはいないが、皮膚の下の血が騒いで人を殺したいと人間になったつもりがまた鬼になってしまう。今の俺は、人間なのに。だから俺はなるべく人通りの少ない通りを選んで、式岸名義で買ったマンションに帰るのだ。しかし、後になって俺は今日はレンと一緒にいればよかったと眩暈を起すのだった。
「やぁ、式岸」
 鍵はかかっていたはずだった。だから俺は気にすることもなくドアを開け、部屋に入ったというのに。
 部屋には兎吊木がいた。しかも勝手にテレビをつけてまるで自分の家のようにソファーの上で寛いでいる。俺は怒鳴ることも煩わしくなり、ひらひら兎吊木の手で遊ばれている恐らく兎吊木が勝手に作った合鍵を睨むだけにした。また鍵を変えなければならない。
「おいおい式岸。せっかく人がおかえりと迎えてやったんだから、何か言ったらどうなんだい?ん?」
「うるせぇだまれ。つか、不法侵入者に迎えられたくねぇよ」
「つれないね、相変わらず」
 兎吊木はテレビを消して、ソファーから起き上がる。今日のサングラスは薄い緑だったが、生憎と奥の目玉は気持ち悪い始末だ。にやにやしながら顎に手をあてているくせに、目玉は何にもない。でも、兎吊木は、人間、で。
「式岸」
「寄るな」
 かすかに血の匂いがして、目の前の兎吊木が単なる肉の塊にしか見えなくなる。間違えた。気持ち悪い肉の塊だ。でも、脳内ではいくら気持ち悪い肉の塊も、すぐに弾けて切れて血飛沫が俺に飛んでとかシミュレーションしていく。殺したくて仕方なくなる。
「寄るな、兎吊木。今の俺は、お前を殺してしまう」
 端から聞けばきっと俺は兎吊木が大好きな野郎だ。けれど、当たり前だが俺は兎吊木が好きではなく、むしろ嫌いだ。向こうも俺と同じだ。いったい何が悲しくて同志を好きにならなければならん。しかし、俺が兎吊木を殺せない理由が、その同志故だからなのだが。
 兎吊木は、にやにやしたままだ。
「俺を殺す?へぇ、面白いことを言うね、式岸。だが、残念ながら君は俺を殺せないよ」
「違う、今の、俺は」
「はは。なんだいなんだい式岸。もしかして君、さっき人でも殺していたのかい?」
「………」
「……わぁーお」
 沈黙を肯定と受け取った兎吊木は「血盛んだね」と肩を竦めた。いちいち腹が立つ野郎だ。殺したい。
「でもな、式岸。さっきも言ったが、君には俺を殺せないよ?」
「な、んで」
「君と俺が蒼色に永遠に縛られているからに決まっているじゃないか!」
 狂ったように叫ぶ兎吊木はにやにやしたままで、ふいに俺に近付いてくる。来るな来るな来るな殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す。
「だから、俺は安心してお前みたいな殺人鬼の相手が出来るんだよ」
 殺したくてたまらない。のに殺せない。だって嫌われたくないあの人にあの蒼色に見放されたくない人間のフリを、まだしていたい。
 兎吊木は「血の匂いがするね」と言って俺をフローリングに倒した。倒れた拍子に頭を打って死にたかったが、それさえも出来なかった。兎吊木はまだにやにやしたままだった。



それじゃあ殺すね
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