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表現注意。
グロまではいきませんが、苦手な方はお戻りください。











いつもと変わらない空。
雲一つない、澄み渡った青い青い、空。
ときたま白い鳥が頭上を横切り、その影が黒く走る。
緑は生き生きと生い茂り、傍らには可憐な花が彩っている。

自然が本に書かれている通りにそこに存在し、そこで生きている。


不自然なのは、おびただしい数の欠けた人体だ。
錆びた鉄の匂いと、赤く染まった草花。
地響きのように聞こえる足音と、近距離まで迫る巨人の姿。



禍々しい絶対的な壁(あんなものを神聖視する協会の奴等の考えなんて、理解できない)の中の日常か、はたまた壁外での生死をかけた調査か。
私の知る景色とは、そのどちらかで。
そのどちらでもない希望は今や、一人の15歳の少年に託された。

そんな日々。



「●●」



巨人の攻撃を避けて、辿り着いた巨大樹の端。隣で立体起動装置のガスの残量を確認しながら、我らが調査兵団団長の聲がした。
エルヴィン・スミスの聲は、男のそれでありながらの艶を帯びている。
そしていつだって冷静さを含んでいた。
井戸で汲みたての澄んだ水のような、耳に届けば身体中に染み渡るような、聲。



「●●、君はこの先に何を見る?」



遠く、木々の向こうに視線を送る団長が問う。
“この先”が指すものは、一体何なのか。
彼の質問は大概こういった表現で、真意を隠す事が多い。



『……、質問の意図がよくわかりません』

「そうか?」



核心を掴ませない、何かを含ませた表現はいつも私の頭の中で引っ掛かり、靄がかったしこりを残す。彼は多くを考えて、先を見据えているのだろうけれど、その欠片も理解することは出来ないし、共有は求められてはいない。彼の考えは、彼の頭の中だけで進行していく。

足元で木の幹を引っ掻く2m級の姿を横目に、乱れた髪をくくり直した。
どう削ぎ落とすか。
奴らの事を考えれば、その考えだけがいつも私の脳内を埋める。
きっと今回の壁外調査は失敗なのだろう。先程まで隣で馬を走らせていた同僚の、動かなくなった姿を視認した。



『揶揄するような言い方は嫌いです』

「別にそんなつもりはないんだが」

『そんなつもりが有ろうと無かろうと、理解しかねます』



“それはすまない”と別段表情を変えず、視線も向けず呟いた。
どういった意図でその質問を私に投げ、どういった答えを求めているのか。
団長の言葉は、簡単に思いつきで返せる問題ではない。と、思う。



「この戦いが終われば、どうなると思う?」

『……どう、とは?』



現状に見合わない穏やかな風が吹いた。草木の青々とした香りを、花の芳しい香りを、動かなくなった仲間の血の臭いと共に運んでくる。
頬を撫でるそれは柔らかく、暖かいのに。悔しくてたまらない。

けれど、そんな風に吹かれる団長は威風堂々と、どこか清々しくもある。曇りなんてない、まっすぐな眼が遠くを見つめている。
いつだったか、この眼を空の色だと思った。
空の青に似て、雄大で、どこか切なげで。
この瞳が映すものは、と考えたこともある。



「俺は、人類の存続しか頭にない。だからこそふとした時に、戦いが終わった先に何が待っているのか考えることが多くてね」



握り締めていたトリガーを外す。
何年もの訓練と調査とで厚くなった掌の皮に、赤く残る跡。
ぽつりと零す聲は、いつもと少しだけ違う音。



「深い意味はない。●●はどう思っているのか、聞いてみたくなっただけだよ」



団長の大きなその掌が空を仰ぎ、木漏れ日を握る。
その掌は何も掴んではいない。

意味のない動作だったのかもしれないけれど、私にはそれが眩しくてたまらない。

巨人から人類の生活を護る壁よりも、本で読んだ神の存在よりも、エルヴィン・スミスと言う人物の方が尊く、その存在は高潔にも思える。



『私も、わかりません。……考えた事もありません』



団長の真似事の様に、手を空に翳した。
ちっぽけな手だ。綺麗でも何でもない。
この手がしてきた事、この先出来る事なんて限られている。

巨人相手に立体起動で飛び、奴らを殲滅する。
それ以外で自分に出来ることは何か、なんて全く想像もつかない。この手がトリガー以外を握る日が来るなんて。
“戦いの終わり”を目指して戦っているとしても、“その先”なんて考えたことは無かった。

私自身“戦いの終わり”なんて興味はない。私の前を行くエルヴィン・スミスと言う人物に付いて、置いて行かれないように走って、彼の為に飛んだ。
その為に足掻いてきた。

彼が想像出来ない事は、私にも想像することは出来ない。
私の先にはエルヴィンが居なければ成り立たないのだ。


喉の奥がちりちりと傷む。
キュッと唇を噛みしめれば、それを見た団長が“そうだな”と聲を響びかせた。



『……私の残りの刃は一組。ガスもあと僅かです。夜まで待ちますか?』

「いや。夜になってしまえば、隊に合流するのも難しくなるだろう」

『了解しました』



“その先”がどうであれ、私のやるべき事はただ一つ。
他には何も要らない。
此処だけが私の道。



『エルヴィン、私が前を。…必ず辿り着かせます』

「●●」

『リヴァイとエレンのもとへは、貴方だけでも』



折れた刃を捨て、最後の一組に付け直す。
ガスボンベをコンコンと小突けば、高い音が返ってきた。
足元には巨人達。状況は良くない。寧ろ、何一つとして切り抜けられる確証はない。
それでも、私はこの人を守り通さなければならない。
15歳の少年に希望を託し、一人の男性を人類最強と掲げた人類が生き残る術は、エルヴィンの頭の中だ。



「●●、君も一緒にだ」

『いざと言う時は、捨ててください』



それでも構わない。

エルヴィンの強さは、全てを捨てられるからだ。それだけの決意が彼の中に在る。いつでも人類存亡と天秤にかけ、冷静な判断を下すことが出来るから。例えそれが甚大な被害に繋がったとしても、その道を進むのだ。

彼を護り切る。

それが私のやるべき事。



遠くでエレンの咆哮が聞こえる。
目指すは人類の希望。きっとそこに人類最強もいるだろう。





「リヴァイと言い……君たちは頼もしいな」





木漏れ日を掴んだエルヴィンの手が私の頬を撫でる。
風よりも優しく、彼の聲よりも艶めかしく、親指がなぞった。







人類最強の、妹







end

20131001

もう少し何かぶっこもうかとも思ったのですが、書きたいことは入れたのでこの辺で。
個人的に誰かの肉親って言うのが好きみたいです。



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