▼Trust 兵長。 リヴァイ兵長。 リヴァイさん。 壁の中に住むあらゆる人間が、貴方の名前を呼ぶ。 その聲には畏怖の色が含まれながら、敬うように発せられる。 兵士の中を歩けば向けられる視線も、兵士間で貴方の噂をする時も、全てそうだ。 軽く吹かしただけで羽根が生えたように戦い、確実に一撃で忌々しい巨人を仕留める。 エルヴィン団長を信じ、突き進むその信念の強さ。 ここで心臓を捧げた者は誰だって、貴方に憧れて焦がれるのです。 「おい、●●」 『っ、あ、はい!!』 「何を考えている」 エルヴィン団長から回された資料に目を通し、机の上にその束を放り投げた。そのまま背凭れに身体を預け、仰け反る。流れるような所作で足を組み、リヴァイ兵長は聲を、静かな執務室に響かせた。 『えっと……、』 「話せ」 『……特には、』 “はぁ”と兵長が溜め息をつく。 「お前は昔から何かあると、作業の手が止まる」 “そんな風にな”と顎でこちらの手元を示す。兵長の息抜き用にと思って手にした、紅茶の茶葉缶を握り締めたままだった。確かに思考を一瞬、飛ばした感覚はある。それが何分か、何秒かは分からない。けれど確実に、蓋を空ける手が止まっていた。 『っ、す、すみません!すぐに淹れますので』 「……●●」 兵長の癖のある聲が、私の名前を呼ぶ。その聲があまりにも優しくて甘いソレだったので、思わず息を飲んだ。 今日もきっと壁の向こうでは巨人共が徘徊し、我が物顔で生きている。そして私達人間はその事実に毎日脅かされ、巨人とは正反対に閉鎖的な空間で生きている。 今、この瞬間も、また壁を突き破って来るのではないかと、全人類が怯えて過ごしている。 過ごしているのに。 そんなことどうだって良いと思う程、陽射しを背負うように座る兵長は綺麗だった。一点の曇りもない、凛とした存在感がそこにある。眩しい程に。 『兵長、』 「なんだ」 『私、あ、の……っ、』 椅子の肘置きに肘をついて、その上に頬を乗せる。そしてゆっくりと眼を閉じた。 その動作一つ一つ眼が逸らせなくて、この兵長と私だけの、二人だけのこの空間に溺れるような。 まるで堕ちていくような感覚。 『へい、ちょう、の……、』 私。 兵長の。 事が。 喉元まで出かかった言葉が、一瞬にして消える。 『……っ、』 何を言うつもりだったのか。 私は何を考えていたのか。 私の存在する理由、此処に居る理由、それは全て巨人を殲滅する為で。 その為に何年もかかって此処に、調査兵団に来たんじゃないのか。 浅はかだ。軽率で馬鹿げた事だ。 思ってもいけない事だ。 焦がれている、なんて。 「●●、続けろ」 兵長の指が机の上をバウンドし、爪がコンコンと音をたてた。眼はまだ伏せたまま。そのまま私に向けて、聲だけが来る。 『……、何でも、ありません』 息が詰まりそうだ。このまま酸素に溺れて窒息して。 私が馳せた、浅はかな想いがのし掛かる。 「言え」 『……今日の夕食の事ですよ、』 この事を言ってしまえば、私は此処には居られない。居ることが出来なくなる。 それは兵長の側に居られなくなる事を意味している。 この身が兵長の手足となって役立てる時を、ずっと、ずっと待っている。きっとそれは一度きり。 それでも構わないと、兵長の背中を追って付いてきた。 「つくならもっとましなモンにしろよ。お前の上司は誰だ」 いつの間にか執務机から離れ、こちらに歩き出した兵長が静かに問う。 兵長が一歩一歩歩く度、後ろの窓からオレンジ色の陽射しが途切れ途切れに射し込んだ。巨人が壁を破った日となんら変わりはない、いつも通り。 ただそれが、兵長越しだと違って見えるのだ。 『……リヴァイ、兵長です』 「上司の命令は、聞かねェといけねぇんだろ」 俺はそう教えたつもりだが。 兵長の薄い唇が悪戯に弧を描く。 フン、と鼻で笑いながら、皮肉を含んだ聲で。 コツンとソールを鳴らして止まれば、近くのソファへ向かって、私の肩を強く押した。日々の訓練や実戦での立体機動で、鍛え抜かれた腕にだ。有無をも言わせないように。殆どそれは崩れるかの様に、ソファへ座り込んだ。 「俺はそんな、お綺麗な人間じゃねェよ」 兵長の手が頬に触れ、髪を耳にかけるように避ける。 潔癖だと自他共に認める彼がの指が。ブレードを握る、人類最強の指が、直に。 『リヴァイ、へ、いちょ…』 目の奥が熱い。 脳の奥が痺れる。 身体中の血という血が、全て沸騰してしまいそうだ。 「続きを言え、●●。これは、命令だ」 兵長の癖のある聲が耳元で、私だけに届く大きさで。 見上げた兵長の顔が冷ややかに、それでいて甘く囁いた。 (逆らうすべは、教えられていない) End 20130826 リヴァイ兵長にどっぷりはまりこんでいます。 人類最強に夢見つつも、リヴァイが人を好きになればその人は逃げられないと思う。 絶対的な何かで逃げれない感。すごく良い。 ←一覧へ |