▼冬の桜










“あ、また…”







学校からの帰り道、少し脇に入った所にある大木の下。
真っ白な着物の女の子。
透ける様に白い肌と漆黒の髪。
長い睫毛が縁取る瞳を伏せて、腕の中にある華を大事そうに抱えている
そのまま微動だにしない。
そんな彼女を見つけてから三つ目の季節を迎えた。



また、居る。



先生から耳にタコが出来る程、毎日言われ続けているものだから、勿論聲を掛ける様な事はしない。
自分から聲を掛けてはいけない。

遠巻きに彼女を見かける程度だったので、向こうもこちらには気付いていないと思う。

季節外れの華が枯れることなく彼女の腕の中で咲き乱れているのが酷く印象的だった。






『夏目様』






鈴が鳴る。
そんな表現が合う高くて澄んだ聲で、彼女の方から話掛けて来た。
大木の根元に立って、黒曜石の様な瞳を真っすぐ此方に向けて。
憂いを帯びた聲と瞳。





『夏目様、名前を、』

「え、あ、あぁ、名前ね、ちょっと待って、」





まさか聲を掛けられるなんて思ってもいなかった。
いや、この体質と友人帳を持っているのだから、少なからずその可能性はあった。
しかし、彼女を見つけてから三つ目の季節。
何故だかわからないけれど、彼女は他とは違う、そんな気がしていた。

一度も合わなかった目が、今真っすぐにおれを映す。


通学用の鞄を探って、名前が書かれた紙を束ねた友人帳を取りだす。
掌の上に乗せて、意識を集中させれば、辺りに風が巻き起こる。
パラパラと友人帳が捲れる。





『いいえ、違うのです。夏目様』






探っても探っても彼女の名前の頁が開かれる事は無く、身体の周りを一回りした風がぱたりとソレを閉じた。
軽く瞳を伏せた彼女の細く白い手が友人帳に重なる。





「違うって…」

『名前を返して頂きたいのではないのです。そこに私の名前は在りません』





そう言って三度ポンポンと友人帳の上を手が跳ねた。
その度に溢れる様に舞い散る薄ピンク色の花びら。
風に乗ってソレが空へと昇る。
仰ぐようにして目で追えば、微かに細められた瞳が視界に映る。





「え?」






彼女もやっぱり僕達とは違う生き物。
花びらが舞う中、笑う彼女は、聲が出なくなる程、儚く綺麗で。
風が凪ぐ。
掌の上の友人帳に目をやれば、一枚、花びらが乗っていた。






『貰って頂きたいのです。私の名前を』





春を待たずに冬の寒空の下、咲いた幾億の花びら。

何かが始まる音がした。






end

20120219

突発夏目友人帳から夏目夢。
中途半端感半端ないので小ネタ扱いで。
夏目の切ない雰囲気が好きです。
読んだ後は何とも言えない切なさが残る。




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