▼アズライトの猫







「目ぇ、覚めはった?」


何度か瞬きを繰り返して、漸く声の主を把握した。ゆっくりとした気怠そうなその声は、
少しだけ懐かしさを感じる。こちらに興味が有るのか無いのかはわからない。抑揚のないそれが、私に向かって発せられていることだけは確かだった。


「明石、」

「熱出たんやって?珍しいこともあるんやね。」


書類で山積みだった机の上が、心なしか整理されている。その上に肘をつきながら、明石専用の湯呑を傾けた。
この本丸に新入りが来ると、万屋で気に入った物を選ばせる。審神者としてここに訪れて、何もわからない時から一緒にいる加州清光が買ってくれとせがんだのだ。一緒に来ていた大和守安定も欲しがって、それが他の子たちにも広がって。いつしかそれが習慣となっていった。
黄緑と赤の模様が小さく入ったそれを回しながら口をつけ、パラパラと書類を捲る。何かを探すでもなく、内容を見るわけでもなく。ただ何となく、というのが正しいだろう。


「あー。早く帰ってきて損したわ。つまらん。」


病人に向けて発する言葉か、それは。とどついてやろうかと思ったけれど、思いの外、体が怠い。耳鳴りと頭痛と悪寒。少々煩いのは気に障るけれど、そんな事で布団から出たくもない。放っておけばいい。相手にしなければ、そのうち静かになるだろう。そう思って目を閉じた。


「●●、もしかして寝はんの?」


畳の上を歩く音がする。腰に付けた飾りが揺れてぶつかり合う音がした。布団の横までやって来て、どっこいしょと腰を下ろす。一動作するのも心底面倒くさそうに。


「明石、ちょっとホントにしんどいから、」

「へぇ。」


ヒヤリと、頬に手が触れた。彼等が刀で在ることを証明するかのように、冬の温度が移ってとても冷たい。
風邪とか熱とか、不思議なもので。身体中は悪寒で震えが止まらないのに、頬と額は冷やされると心地良いのか。


「気持ちええ?」

「……うん。」


無意識にすり寄っていたようだ。珍しく明石の顔が綻んでいる。


「審神者も、手入れ部屋に入れたらええのにね。」


頬を撫でていた手が額に移り、前髪をかき分けて。そっと唇を落とした。温かいお茶を飲んでいた所為か、それとも私の熱の所為か。額に触れた明石のそれは、全く冷たくない。


「折角一緒に饅頭でも食おう思て、買ってきたのに。」


小さな子供をあやすように、トントンと布団の上で手を跳ねさせる。蛍丸と愛染国俊の保護者だと一応唱っているだけはあって、その動きが手慣れているようにも思えた。
けれど、それと同時に縋っている様にも感じる。


「明日には治すから。」

「そしたら国俊に茶でも入れてもろて、蛍も呼んで縁側でな、」

「うん。……ありがと。」


布団の端から手を出して、彼の頬に触れた。皆よりも分かりにくい所はあるけれど、皆と同じく寂しさを抱えている。


「●●、早よ構ってや。」


いつになく饒舌な彼が、とても可愛らしく見えた。



end

20160131

明石来い


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