▼春の沫雪-参







急遽の出動でろくに休めていない事も、長谷部を苛立たせているのかもしれない。戦績の書類を纏める手伝いもかって出てくれていたから、道中残してきた仕事が気になっているようだった。


「皆も食堂へ行ってきたら?疲れたでしょ?」


本丸と教団は方舟では繋がっていない。ある程度のところまでは歴史修正者と刀を交える合戦場を、ある程度のところからはAKUMAの脅威の中、船旅を余儀なくされる。少人数編成だと争いを避けて通れる事が多いのだが、やはり大所帯になるとそうはいかない。ここへ来るまでにも何体かのAKUMAや、短刀ではあったが敵にも遭遇した。きっといつも以上に疲労が溜まっている筈だ。
持ってきている内番着にも着替えてくると良いよと、両サイドにいた蛍丸と小夜に促した。


「じゃあ小夜君達、先に行っておいで。今なら第二部隊がいるだろうから、その後一緒に探検でもしてみたら?」

「えっ……良いの?」

「こっそり、邪魔にならないようにね。」


光忠が悪戯を教えるかのように、小夜達に勧める。きっと兼定や獅子王辺りは喜んでその案に乗るだろう。
行こうか、と骨喰が声をかけ、小夜と蛍丸がそれに続く。蛍丸が食堂へのルートを教えながら、三人で歩を運んだ。


「ねぇ、●●。……皆は結構年上、なのよね?全然そうは見えないんだけど。気に触ったらごめんなさい……。」


皆とのやり取りを見ていたリナリーが、少し聞きにくそうに言う。確かに長谷部や光忠以外の子達は、背も然程高くはないし、自分よりも幼さがある。リナリーが不思議に思うのも、無理はない。
しかし彼等は全員、自分とは比べ物にならない程の月日を知っている。世界が変わる瞬間を何度も目にしてきたのだ。


「あ、うん、あのね、」

「ようするにまぁ、じじいさ。」

「っ、三日月!?……え、なんで、」


どこまでを説明したら良いものかと、言葉を選んでいる時だった。絶対に聞こえる筈のない声に、有り得ないと振り返れば、着物の袖口で口許を隠す三日月宗近の姿。教団のこの空間に溶け込みようがない和装の、胸元に二重月を抱いた藍色は見間違えようがない。


「何故ここに居る!お前は本丸に待機だとあれ程……!」

「俺もいるぜ。」

「鶴丸さんまで!」


声を荒らげた長谷部に、主張するように降り立った白。こちらも今回の出動するメンバーではない。光忠の声に長谷部が呆れ返っていた。


「二人だけで来たの?」

「……あぁ、そうだ。」


自分でも恐ろしく低い声が出た。鶴丸もそれを察知したようで、静かに答えた。


「なんで……、二人だけなんて危ないことを。貴女方は審神者の命に従われるのではなかったのですか。」

「まぁ、そう申したな。」

「それに。二人が抜けたら、本丸の警護が手薄になります。」


本丸に敵襲が来たことはなかった。来れる筈がない。様々な時代の合戦場に入り口を開くことができる本丸は、言わば時空の狭間に存在している。それを繋ぐことは、時の政府か、その力を譲り受けた審神者でしか不可能。と、思っていた。
歴史修正者が、千年伯爵とノアの一族に出会う前は、だ。


「命に背いたことは申し訳無かった。」


二人の様子がおかしい。鷹揚とした性格で、いつもは明るく余裕のある振る舞いをしているのに、今日はどこか張り詰めた空気を漂わせている。こんなことは珍しい。数ヵ月前に検非違使が現れた時、少し表情が固くなることがあった。それ以来だろうか。


「太郎太刀、次郎太刀、それに石切丸の三振も大太刀がいりゃ、暫くはなんとかなるだろう。」

「急を要する事態になってな。主に伝えるには、この方法が一番早い。」


回りに居る三人も、リナリーですらこの重さを感じたのか、薄暗い廊下に二人の声だけが響く。


「なに、急って……、」


嫌な予感が全身を駆ける。背筋に冷たいものが走り、引いていく血の気。清光が初めて怪我を負って帰ってきた時に、感じたものに似ていた。


「……一期一振を部隊長とする第三部隊が還って来ぬのじゃ。」




→続く

20150824

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