▼眩暈-肆







「ボクは乱藤四郎だよ!今度の人は女の子かぁ〜嬉しいなぁ。」

「……今度?」


ヒラヒラと可愛らしいフリルのついた裾を軽く摘まんで、ペコリと頭を下げた。そしてコップの中が空になっているのを確認してから、布団の上まで乗り出して、くりくりとした大きな眼で覗き込む。


「うん、君のこと」



“今度”
妙に含んだ言い方をした。子供のような無邪気さの中に、棘のある声が混ざる。好奇の色を持ったビー玉のような眼が、どこかで値踏みするように鈍く光った。
その眼に圧されてか、喉がごくりと鳴る。


「おいおい、そんなに喧しく騒ぎなさんな。」

「ちょっとやめてよ、薬研ー!」


軍帽に似た乱藤四郎の帽子を掬い、器用に宙で回す。そして自分の頭にヒョイと乗せた。


「俺っちは薬研藤四郎。よろしくな、大将!おかわりは要るか?」


水差しの表面に露が付くほど冷えた水を注ぎ足してくれたのは、眼鏡をかけた男の子。帽子の鍔と眼鏡の間から、柔らかく眼を細めた。
灰がかった紫色。艶やかな黒髪と相まって、危うげさもある。
藍色に、気品ある紅色と金色の装飾。気崩すことなく着用されたダブル前のジャケットときっちりと締められたネクタイは堅実さを覚えた。




草臥れたジャケットと、ヨレヨレのスラックス。辛うじてアイロンがかかっているシャツに、息苦しそうに締められたネクタイ。
とても窮屈そうに生きる人達。
スーツ姿はイヤというほど毎日見ている。

会議室に籠って進みもしない議題を、あーだこーだと話し合って。ギュウギュウに詰められた電車に揺られて帰っていく。
斯く言う私もそんな疲労の塊に混ざって、憧れとかけ離れた世界で淡々と仕事を熟す内の一人になってしまった。

それに比べてこの三人は、そんな社会から遠いところで生きているような。落ち着き払った品位が滲み出ているような気がした。


「あれ……そう言えば私、会社は、」


ふと、自分の着ている物に目がいった。
今日は確かに会社用のワンピースを着て家を出た。何の飾りっ気もないシンプルなもの。それに冷房避けのカーディガンを羽織って、満員電車でも疲れない低いヒールのパンプスを履いた。心も踊らない服。
パンプスは流石に脱いでいるものの、通勤用のそれを身に付けている。


「確か朝、ちゃんと家を出て……、」

「よっ!」

「ーーーーーっ!!」


勢いよく視界を覆う白。が、付けているのはパーティグッズコーナーでよく見る、度無しの眼鏡に偽物の鼻がくっついたアレだ。そんな変なものが頭上から飛び込んで来るものだから、息が喉で詰まる。
一瞬で頭の中まで真っ白になってしまった。




→続く

20150709

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