▼眩暈-参 「いち兄ぃ!お水持ってきたよー!」 「走ると溢すぞ、乱」 二人分の足音がこちらへ向かっている。閉じられた襖の向こう側には、長い廊下が続いているのか。次第に近付き大きくなるそれが、屋敷の中に響き渡った。 外ばかり気が行っていたが、どうやら内も端然としている。30畳以上ある広々とした室内には、細工の施された床の間と欄間。主張しない程度に、品の良い調度品が置かれていた。 そうやってここをぐるっと見回したことで、自分が此処に居る事の違和感が強まった。 「あぁ、また厄介な方を連れてきてしまった。」 白手袋で口許を隠しながら小さく息を吐き、肩を落とすように、曇る整った顔ばせ。 「なんだと?厄介とは失礼な事を言う。」 スパァンと小気味良く開け放たれた戸から入ってきたのは、先程出ていった子と、真っ白な装束を来た青年だった。 「あまり大きな声を出されるな、起きられたばかりですぞ。」 その勢いに思わずきゅっと握り締めた布団の端。 はい、どうぞ!と水の入った硝子コップを寄越したのは、一期と名乗った彼と同じくネクタイをきちんと締め、仄かにピンクがかった明るい髪をした子。もう一人の白の青年は、片手を眉間の辺りに翳して後ろからこちらを覗き込んでる。 「溢さないように気を付けてね!」 受け取ったコップからじわりと伝わる冷たさ。勢いよく飲み干せば、は、と無意識に息をついた。カラカラだった喉に食道に、そして胃に、冷えた水分が移動していく。 そのお陰で頭にかかっていた靄が、ゆっくりと晴れていった。 →続く 20150708 ←一覧へ |