▼大王様の憂鬱 『あ、影山君だ』 大王様の憂鬱 クーラーボックスから冷えたスポーツドリンクを出そうとしていたんじゃないの? その手に持ってるタオルは、今俺の汗を拭ってくれようとしたんじゃなかったの? 飛雄ちゃんが何なの。 「……●●ちゃん」 『あ、ゴメン。及川君。はい、タオルどうぞ』 今、飲み物出すね。そう言って手渡されたタオルからは、仄かな柔軟剤の香りがする。 バレーボール強豪校として何度も全国大会に出場している、青葉城西。部員数も少なくはない上に、女子からも人気が高い為、マネージャーは複数所属している。 主だった理由は主将の及川徹。 華やかなルックスと確実な実力が、男女ともにファンを作っていく。 と、テレビで取材された筈だ。 それがこの扱い。今完全に忘れていたよね、と言ってしまいそうになる。 ●●ちゃんはバレー部女子マネージャーの中でも、一番真面目に作業をする子だ。岩ちゃんに確認したって良い。それは俺の勘違いでも、贔屓目でもない。誰よりも朝早く体育館の鍵を開ける。一年の新入部員よりも先に掃除をしたり、ネットの準備をしたり。 誰にも強要しないし、それを言いふらすタイプでもない。 どちらかと言えば地味な子だ。 そんな彼女に気付いたのはIH予選の、烏野高校に勝った後の、白鳥沢に負けた次の日だった。 ウシワカちゃんに何度もサーブを受け止められて、何度もスパイクをブロックされて、何度も強烈に打ち込まれたあの悔しさを。 岩ちゃんにでもぶつけようかと思って、いつもよりも何時間も早くに眼が覚めた。二度寝する気にもなれなくて、一分でも早くボールに触れたくて。向かった体育館の鍵が、既に開けられていることに驚いた。 「早いね」 体育館の窓を一人で開けている●●ちゃんに、初めて聲を掛けた。 いや、何度か話をしたことはある。けれど二人きりと言うシチュエーションは初めてだったんだ。 『おはよう、及川君』 騒がしい部員の聲に掻き消されて、聞き逃していた●●ちゃんの高い聲が、キュっとシューズの裏のゴムが摩擦する音と一緒に体育館に響く。 “及川君” ファンの子にも呼ばれて黄色い歓声をあげられて。そう珍しくもないのに、何故か一瞬恥ずかしくなった。 それから●●ちゃんの事を意識しだす、俺がいる。 「飛雄ちゃんのファンなの?」 『え、違うけど』 キンキンに冷えたポカリ。俺の好みをよく知ってらっしゃる。 気の利いたソレを受け取りながら、“ありがと”と言えば、他の部員にも渡す様に準備をし始めた。 「……飛雄ちゃん、俺の後輩なんだよね」 『そうなの?トスを綺麗に上げるんだなって、思って。上手いよね』 「う、ん」 中学の頃から脅威になりうる人物だとは思っていたが。何故か落ちぶれた高校に進学したと思えば(まぁ頭悪かったから仕方ないか)、みるみる名を馳せてセッターとして進化していく影山飛雄。 ●●ちゃんに褒められるとは、目障りな事この上ない。 「●●ちゃんってホント、バレー好きなんだねー。ずっとマネージャーやってるし」 運動部の女子マネージャーなんて、好きじゃなきゃやってられないでしょ。むさくるしい奴らの、汗まみれの、肉体労働なんて。 他校の選手までチェックするとか、すごいね。 って。 ポカリを喉を鳴らしながら飲み込んで、“残りはあとで飲むね”って、渡した先の頬が赤いような気がした。 「え、ど、どしたの!?か、風邪でも引いた!?え、●●ちゃん!?」 俯いて、手の甲で顔を隠す。 見慣れない彼女の反応に、聲が喉に引っ掻かって上手く喋れない。 『ちょっと、……こっち見ないで!』 俺の肩に掛けてたタオルをぐいぐいと、押し付けるようにして視界を遮る。 「え、えっ??ちょっと顔見せてよっ……!」 『っ、』 焦った色の聲が、何故か気になって。その手を落ち着かせるように掴めば、錯覚なんかじゃなくて。色白の●●ちゃんの顔が真っ赤に染まり、涙目になっていた。 泳ぐ視線。噛みしめられた唇。俺の手を拒む力。 ―――可愛い。 じゃなくて。 「……どう、したの?」 頭一個分低い顔を覗き込めば、ふるふると首を振って、“なんでもない”と小さく繰り返す。長く伸ばした髪がそれに合わせて揺れた。 ●●ちゃんを意識しだしてからずっと。触れたくて仕方なかった彼女の細い手首を掴んでしまっている自分に、口元が緩む。それと同時に、頬を染めた彼女の反応にまた、影山飛雄という少年の鬱陶しさが沸き上がる。 何に置いても俺の邪魔をするよね。あのクソガキは。 「及川―!次の試合始まるぞ!!」 遠くで岩ちゃんの叫び声が聞こえた。コーチの周りにウォーミングアップをしていた他の選手も集まりだして、客席も揃い始めている。 相手校はもう何度も戦ってきた強豪校の一つ。 ●●ちゃんの腕をこのまま掴んでいるわけにもいかずで。 「えっと……、●●ちゃん。とりあえず行くね?」 『っ、うん、』 離した手と、長い髪がやっぱり彼女の表情を隠してしまって。 ジャージを脱いで、“持ってて”と、●●ちゃんに渡す。 眼を閉じて、体育館の空気を肌で感じ、神経を研ぎ澄ませた。負けるわけにはいかない。 皆全力で当たって、砕けてね。今日は大王様、機嫌が微妙なんだから。(特に飛雄ちゃんのせいで) 『及川君!……頑張って!』 ●●ちゃんの聲に振り返れば、頬を真っ赤に染めた彼女が嬉しそうに微笑んだ。 後日。 ●●ちゃんの事を岩ちゃんに話すと、ゴツンと殴られた。 “早くくっついてしまえ!バカップル” 呆れた聲で岩ちゃんに、そう言われた瞬間。 ●●ちゃんのクラスへ走っていった事は、特筆しなくても良いかな。 その後はご想像通りだ。 end 20140504 大王様は影山と同じくらい頭が弱いと良いな…。 スポドリがポカリかは知りません。 ←一覧へ |