▼The time is ripe









完璧で在りたいと、思っていた。








The time is ripe









オレが、僕が。
赤司征十郎であるには、勝ち続けなければならない。
勝利こそが自分をたらしめるもので。
そう教育されてきたし、そうでありたいと思っているが故に。
前しか興味はない。上だけを目指してきた。
数々のプレッシャーも、着実に用意されていく舞台だと思えば、悪くはない。寧ろ心地が良い程だ。


そこに芽生えた一点の劣情。
気が付けば一瞬。気にすれば気にする程、あっという間に広がっていく。ジワジワと浸食していくインクの染みのように。
透き通るような白い肌に、艶やかな黒髪と長い睫毛。赤く色付いた唇が印象的だった。
学校指定の白いブレザーも、揺れるプリーツスカートも。ここに通う女生徒は皆同じ格好をしているのに。

他の誰よりも、禁欲的に見せた。



『赤司くん』



鈴の鳴る様な声がした。
引き寄せられるような、振り向かせられるような。澄んだ声で僕の名前を呼ぶ。ざわついた生徒達の声の間を縫って、一際高く響くようなイメージだ。ただ、ソレに過剰反応するのはどうやら僕だけのようだった。



「■■先輩、――どうしました?」

『委員会の書類を渡したいんだけど、今大丈夫かな?』

「えぇ、大丈夫です」



口角を上げて、目を細めて。
これでもかと言う程、意識して柔らく喉を震わせる。
良かった、と言って、手に抱えていた束の中から書類を数枚引き抜いた。
“先週の議事録がコレで、予算案がコレ”と簡単な説明を添えながら、綺麗に纏められたソレらを渡される。途中、肩からするりと滑り落ちた絹糸のような黒髪を耳にかけ、そのまま書類に向かう人差し指。
トンと指し出された、整えられた淡い桜色の爪が、やけに目についた。



『ここにサインをお願いします。それと……』



その流れるような仕種を目で追って。ソレ以外がシャットアウトされて。
ここは廊下のど真ん中で、今は昼休みの最中で。これでもかと言う程の生徒が溢れかえって、行き交っていく。
午前中のうちに溜まったストレスが、仲の良い友人たちとの昼食で解放されて。女生徒の甲高い話声も、男子生徒の蛮声も。脳には辿り着かない。
ずっと書類に向けられたままの長い睫毛を、見下ろした。



「……■■先輩は、いつも丁寧な議事録を書いてくださいますね」

『あ、もしかして不要、だった?ゴメン、余計な事して……』

「いえ、とても読みやすくて助かっています」



渡された書類の一文字一文字を、丸みを帯びた小さめのソレを指でなぞる。
途中議題から逸れた内容も、補足として端に漏れる事無く書き込まれていた。書記として据えられた人物は、ここまではしない。当たり障りのない言葉を羅列して、端的に書いてくる。本当ならそれでも構わないのかもしれない。
ただ、逸れた話も覚えておいて損は無いし、あながち不要とは言い切れない。万全を期す為には寧ろ、その方が重要だったりするのだ。



『ホント?良かった!赤司くんにそう言ってもらえると嬉しいな』

「僕に、ですか?」

『うん、いつも忙しそうだから。何か少しでも私に出来たらって』


そう、思って。
十数センチ下の目が、瞬きと共に上げられる。スローモーションの様にゆっくりと。申し訳なさと恥じらいとを含んだ、黒すぐりのような目が。
漸く、僕を写す。



「……っ、」



息が、止まるかと思った。

一瞬塞き止められた空気が、大きな波の様に押し寄せる。込み上げてくる何か。
無意識に、掌に力が入り、■■先輩に渡された書類が、クシャッと微かな悲鳴を上げた。



『赤司くん……?』



ぶつかりでもしたら折れてしまいそうな肩や腕。華奢な手首。細い首筋。
いつも囲まれている連中と程遠い、その線の細さが。ざわざわと、何かが背中に走る感覚。自分の中の醜い部分を刺激する。



「■■先輩、ちょっとお時間頂けますか?」



嘔吐のように込み上がってくる焦燥感を押し殺し、にっこりと笑みを作る。余所行きの猫なで声を贈れば、誰も疑いの念を持つことは無い。



「渡したいものがあるので、生徒会室まで一緒に来ていただきたいんです」



そっと手を引いて、足を進める。一瞬時計を気にする素振りを見せたが、そのままついて来る姿に口角が上がる。
気付かせてはいけない。ゆっくりと、着実に。焦ってはいけない。ただ、ワンフロア降りるだけだ。



『なんか照れるなぁ、赤司くんに手を引いてもらうなんて。皆に怒られちゃうよ』



何度かそわそわと振り返りながら、持っていた書類と教科書を抱き抱える様にして、その陰で小さく笑った。歩幅に合わせて居る筈なのに、急ぎ足になる小さな身体。それを横目で見ながら、階段を下りた。



『赤司くん、渡したいものって?』



くりくりとした眼が、まっすぐに向けられる。
それを約20cm下に降りた、階段の暗がりで見上げた。
鼓動が煩い。体温が急上昇していくのがわかる。


あと何mかで、辿り着く。
誰もいない生徒会室で、その白い手首が軋むほど強く、力の限り抱き寄せて。
呼吸を赦さないほどのキスをして。
逃げ道を奪うように、腰に腕を回し、柔肌に唇を落とせば。

この白は、どうするのだろうか。



「――生徒会室まで待ってください」



ここ数か月で築き上げた何かを、壊す時が来た。
でも、逃がしはしない。

全て、思い通りだ。







End

20140410

赤司さまをもっとトチ狂わせたかったけど、とりあえずこれくらいに。






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