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*モブ注意。







「●●分隊長、」

『すみませんが、刃とガスを用意してください』



最後の一噴射、最後の刃を使って何とか合流できた隊。命からがらと言う表現が合うのかもしれない。
巨大樹を抜けるまで、生きた心地がしなかった。“何体もの巨人の項を削ぐには”よりも、“戦わずに逃げ延びる方法”を優先し、残り僅かなガスを吹かした。
木々の間を縫うように飛んで、隊が居るであろう方へと移動して。

確実に迫りくる巨人の足音と、不意に進路を塞ぐ忌々しい姿に怯えた。
いつ長い腕で掴まれて、いつ獰猛な歯で食いちぎられるのか。いつ私は肉片になってしまうのか。
後ろからついて来る団長の姿を何度も確認しながら、飛んだ。



「ここに置いておきますので!」

『……有難うございます』



使い物にならないただのお飾りになった部分に、新兵が持ってきたガスと替え刃で満たす。
ずしりと両腰に掛かる重み。

安心できるのは一瞬だけだ。
壁の中に戻るまでが壁外調査であって、問題は少なくなった兵で帰るという難度。
行きよりも、数倍上がっているのは確実。


気を利かせて持ってきてくれた水を、口に含ませる。
ゆっくりと嚥下すると、足のつま先まで染み渡る様だった。
手を何度か握っては広げ、感覚を戻す。
一度離れていった緊張を掴み直すような。
それでいて焦りを手放すような。



「おい、●●。何、無茶してやがる」

『……』

「エルヴィンを危険に晒すとはどういう事だ」



戻ってきた時から不服そうな面構えで、こちらを睨んでいたのには気付いていた。
私の行動は、人類の存続に起きてはいけない危険。
団長を危険に晒すなんて、どうあっても回避すべきだった。

それは理解している。



「おい、無視をするな。クソや…っ、」

『うる、さいなぁ……』

「テメェ、ふざけやがって」

『帰ってこれたんだから、ネチネチ言わないで』

「なんだと、」



私がリヴァイだったら。
と、何度も考えた。
もっと早く飛んで、もっと上手く削いで。
彼の様な翼が欲しいと、今まで以上に感じたのだ。
恐怖と焦りと、何よりももどかしさを。



「やめないか、二人とも」

「黙ってろ、エルヴィン。まだ緊張感が足りてねェようだな」

『……その邪魔をしてんのは、誰だよ』



私と同じ黒髪が揺れる。
同じ遺伝子を持ち、ほぼ同じもので構成されている人類最強。
荒々しく胸倉を掴み、鋭い眼が私に向けられた。



「リヴァイ、やめなさい」



団長の低い牽制の聲に舌打ちを打つ兄の、人類最強の手を払う。
私よりも少しだけ高い位置にある、こちらを見下すように向けている眼に、一瞥を送った。
精一杯の、強がりを隠して。

一瞬にしてその空気を引き裂く、パンッという乾いた音。
それと共に遠くで、晴れた空に上がる赤い信煙弾。

重い空気が私とリヴァイの間に流れる重い空気が消え、緊張感が走る。
風に流されて上空で描かれた弧をみて、全員の顔色が変わった。



「帰還する。全兵隊列を組め!●●、お前は私の隣に居なさい」

『……、はい』



信煙の上がった方向と壁の方向を確認し、誰よりも早く馬に跨がった団長が緑の信煙弾でそれに応え、立ちすくんでいた兵士が団長の聲に導かれ動き出した。

恐怖と緊張感。
絶望を予言させる赤に、凍りついた身体。

それを払拭してくれる彼に、反発するものはここにはいない。
その聲と、背に導かれるままについていくのみなのだ。









・・・・・・・








朝出発したトロスト区の門壁を、民衆の眼に晒されながらくぐり、辿り着いた調査兵団本部。
漸く、生死を掛けた任務を終えることが出来る。
脳裏に焼きついた赤を、一瞬でも早く忘れようと、重たい立体起動装置を外した。



「私は確認事項に眼を通してから戻る。お前は先に帰っていなさい」

『あの、団長。お怪我は、』

「問題ない。ご苦労だった」



執務室に向かう際に残った団員から手渡された書類に眼を通しながら、淡々とした聲で話す。
一息つく、そんな時間は団長には無用なのか。
壁外調査から戻った途端、彼は頭を切り替えて、次の調査の事を考えるようだ。



『……そう、ですか。良かった……』



団長のマントを受け取り、ハンガーに吊るす。
所々ほつれ、泥が付いている。
そして数か所、浅黒くなって固まっている血の跡を見つけた。
これが彼のものではないと分かっていても、ドキッと冷や汗が出る。


「●●」

『っあ、はいっ!』

「壁外調査中に兄妹喧嘩は、些か感心しないな」



団長の聲に身体を振り向かせれば、大きな窓を背に皮張りの背凭れの付いた椅子に腰を掛け、羊皮紙の上に羽ペンを走らせる姿。
黒のインクがすらすらと描く“Eewin Smith”の文字は、いつ見ても美しい。
大胆で冷徹だと畏れられる彼の、隠れた繊細さを表している様に感じた。



『も、申し訳ありません。以後、気を付けます』

「そうしてくれ」



事務的に発せられる言葉に、含まれる拒絶。
一度もこちらを見ない、青。
壁の中に入ってから、団長の青は私を映してはいない。



『……あの、団長、』

「なんだ。まだ何かあるのか」

『っ、……いえ、』



抑揚のない聲に、鼻の奥がツンと傷む。
それを隠す様にブーツのつま先をただただ眺め、自然と上がる肩を落ち着かせる。
掌を爪を立てて握れば、胸の奥で広がる痛みから目を反られられる気がした。


はぁ、と大きくつく溜息。背凭れにゆっくりと身体を預ければ、ぎしりと軋む執務椅子。
手にしていた書類で一扇ぎし、そのまま顔を覆い隠した。



「俺も大人げないな」



小さな、聞き漏らしてしまいそうなほど小さな聲。
その聲の中に漏れた柔らかさ。

弾かれたように前を向けば、困ったように笑うエルヴィンの顔。



「●●。こちらに来なさい」

『っ、エルヴィン……、』



伸ばされた手。
私を映す青。



「お前こそ怪我は無いのか?よく見せなさい」

『私はだいじょうぶ、だから、』



力いっぱい手を掴んで、身体中でエルヴィンを抱き締めれば、大きな腕が私を受け止めてくれる。
先程とは大違いの、柔らかな優しい聲色に、脳の奥が麻痺していく。

羊皮紙とインク。
それとエルヴィンの匂い。
腰に回る腕が軽々と身体を持ち上げて、筋肉質の足の上に下ろされる。


エルヴィンがマントのボタンを器用に片手で外し、それを執務机の上に置いた。



『書類が、』

「良い、気にするな」



退け様とする手を制する聲は強い。

空の青を縁取る金が、ゆっくりと伏せられて、指を絡めとり、そのまま指先に口を付けた。
私の手を包む、長くて大きな掌。
眉間に皺を寄せて笑い、戸惑いながら手を撫でる指先に、苦衷の色が見える。

乱れた前髪を指先で梳く。
冷えたそれが肌を掠め、無意識に肩が跳ねた。

首裏に回るエルヴィンの手。
少しだけ、震えている。



「……●●。もう絶対に“捨てろ”とは言わないでくれ」



その時は、きっと来る。

私の言葉で迷う様な男ではない事は、わかり切っている。



それでも一瞬。
躊躇ってくれるのか。



キュッと、手を握り返す。
暖かくて大きな胸に身体を預ければ、溢れかえる想い。

私の護るべき世界は、ここ。
ここ以外知らないのだ。



『了解しました、エルヴィン』



寂しそうに近付いて来る青に、私の眼を伏せた。






end

20140216

Followの続きでした。
エルヴィンの話し方でオンオフ切り替え、とっても好き。
なっちゃんもあるよね。
接し分け。



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