▼As his will










タン タン タン
リズム良くボールが地面を叩き、跳ね上がると同時に彼の手の中に。
それはまるで吸い寄せられるかのように、大きめの手に戻っていく。

そうやって何度かボールの感触を感じながら、受験勉強中に曖昧になってしまった感覚を取り戻しているように見えた。

軽く、屈伸するような動き。
それに合わせて、腕を前に伸ばし、そっと手からボールを離す。



「よ、」



パシュ、と高い音が響く。
ゴールネットが跳ねて、そこを通り抜けたボールが地面にバウンドする。
リングにも、勿論バックボードにも触れていない、綺麗なゴールを今吉翔一は決めた。



三叉路を曲がり、小憎たらしい笑顔の今吉に連れられて、人けの少ない住宅街を抜けた先に合ったバスケットコート。
ここは誰でも使用出来るのか、施錠等はされていなかった。
ベンチに持ってきたトートバッグを置いて、いつの間にかバスケットボールを慣れた手つきで持ち出して。
付いてきたものの、やはりバスケなんて出来る筈もなく、勿論やりたいわけでもなく。
所在無げに今吉の鞄の横に腰を下ろすと、“暑くなるさかい、預かっといてや”と、彼のPコートを投げられて。

ボールをバウンドさせて、器用にゴールを決める今吉を見ては、ただただコートを握りしめるだけになっていた。



「あかんなぁ、ちょっと鈍ってしもうとるわー」



ゴールの下に転がるボールをひょいと掬い上げ、そのままドリブルに移る。
手首を上手く動かして、ボールを意のままに操る姿は、想像以上に破壊的だった。

桐皇の女生徒達は彼の練習姿を目にしては、可愛らしい聲で声援を贈っていたのだろう。
その姿が、光景が、容易に思い浮かべることが出来た。



「おーい、■■。ちゃんと見っとった?」

『え、あ、何、』

「“何”やのーて。……ちゃんと見とってくれへんかったら、連れてきた意味あらへんやん」



タン タン タン
軽やかに跳ねる音。
地面から跳ね返るボールを両手でしっかりと包み込んで、コートの半分以上向こう側のゴールに向かって投げる。
確認するまでもなく。
それは当たり前の様にゴールリングに吸い寄せられ、そして通過した。



「ほんま、あっついなぁ」



二月入りたてのまだ真冬と言って過言ではない季節に、コートも着ないで手で扇いでいる人間は少ないだろう。
パタパタと顔に風を送りながら、シャツの袖のボタンを器用に外し、カフスを折り曲げていく。
健康的に日に焼けた腕。どちらかと言うとインテリタイプの彼には、意外な筋肉。


まぁ、でも。
他の人は意外だとは思わないのかもしれない。


今吉翔一を知ると言うことは、バスケットをする彼を知ると言う事で。
バスケットボール部主将と言う肩書のその姿を、頑なに拒んでいたのは、きっと私くらいで。

キュッとPコートを握れば、微かに珈琲の香りがした。



「……ワシ一人で楽しんでしもうとったな」

『や、そんな事は、』

「つまらんかったか?」



今吉がゆっくりと隣に腰を下ろして、その反動が少しだけ、ベンチが軋ませる。
肩が触れるか触れないかの距離で、空気を伝って届く、彼の熱。

遠くで車の通りすぎるエンジン音と、どこかではしゃぐ子供の聲と。
時々、通り抜ける様に吹く、風の音と。
その何よりも大きく聞こえる自分の心臓の音。



「無理矢理付き合わせてもぉて悪かったなぁ」



そう言って、さっきまでボールを掴んでた掌が、優しく髪を撫でた。
ポンポンと二度跳ねて。
今吉の指に、私の髪が絡まって。
絡まった髪を掬って、名残惜しげに離れていって。

彼の柔らかな聲に導かれるままに、顔を向ければ、少し困ったように笑う今吉が居た。
そしてそれを隠す様に、眼鏡の縁をクイッと上げた。



『ち、違くて、』

「うん?」

『つまらなく、なんてなくて……、て何言って、』



喉が渇く。
さっきラテを飲んだ筈なのに。
もうカラカラになって、舌が上手く動かなくて。

さっきから、頭の中ぐちゃぐちゃだ。



「■■?」



今吉の指の背が頬に触れる。
思わず、きゅ、と眼を瞑れば、耳元に滑り込んでくる手。
耳たぶに触れて、首裏に手が伸ばされて。
いつの間にか竦んだ肩に気付いた頃には、今吉の熱を帯びた眼が近くまで来ていた。



『っ、……い、ま、よし、ちょっと待って、』



糸眼が薄く開いて、今吉の眼が私を捕らえる。
髪を撫でていた手がゆっくりと降りていく。
背筋に走る緊張。



「ん……?」

『分かったから、これ以上は、心臓もたなっ……』



今までこんなに早鐘を打つ心臓は知らない。
体育のマラソンの授業の後も、プールの後も、こんなに大きく鳴っていなかった。


ただ、唯一。心当たりがあるとすれば、彼だ。
たまたま、落ちた消しゴムを拾ってくれた時に何気なく。
同じクラスだとは言え、接点がなかった彼と、初めて会話を交わした時。

今よりもほんの少しだけ高い聲で■■と、初めて呼んだ時。
一度大きく心臓が跳ねた、気がした。

その後、今吉に関わる度にびっくりして、私の心臓は跳ねる。
今吉に近寄ってはいけない。
そう頭の中で何かが危険だと知らせていた。



「そんな事言われてもなぁ」

『ちょ、』



今吉の手が腰に回されて、ぐっと引き寄せられる。
筋肉質の腕が、無意識に後ずさりしようとする身体を、固定するように絡みついた。



「逃がさへんで、●●」



耳のすぐそばで。
悪戯に笑いながら、名前を呼ぶ今吉の聲がする。

耳から脳に伝って、全身に響く。
指先から力は抜けていって、握り締めていたはずのコートが、パサリと音を立てて地面に落ちた。



「よぉやっと捕まえたんや」



珈琲の香りが濃く漂う。

言葉巧みに引き寄せられて、まんまと逃げ道を失って。
残りもうあと数日で逃げ切れたものを。


気が付いた時には、もう既に。
彼の意のまま。





End

20140202

この間の続きのお話。
今吉先輩ください。





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