▼再会
「一ノ瀬…?」
「…レン、久し振りですね」
洋式化が進んでいる今日とは言え、
すれ違う人々はまだまだ慣れ親しんでいる着物や袴に身を包み
黒色の詰襟の上着と灰白色のボトムに革製のブーツを履き、
腰のベルトには洋刀を差して軍帽まで被っている自分は些か浮いているだろう。
しかし自分に聲をかけた昔学舎を共にした事のある古い友人。
神宮寺財閥の三男、神宮寺レンは仕立ての良いロングコートを着流している。
ワインレッドのそれは、色素が昔から薄く日本人には珍しい程明るい髪に栄える様に誂えたようだ。
質の良い皮の靴底が砂利道を鳴らす。
自分以上に人目を引いている彼に逢うのは何年ぶりだろう。
相変わらず風を纏ったように軽やかに動く男だ。
縛り付けるものは何もないと言うかの様に。
「噂は予々、将校様なんだってな」
「…御陰様で。変わり無い様で何よりです」
「相変わらずお堅いねぇ、一ノ瀬」
軽く後ろで結わえた長い髪を片手で掻きながら、やれやれなんて溜め息をつくレンを見ていると学生時代に戻ったような感覚に襲われる。
あの時は良かった。
「翔に最近逢った?」
「いえ、卒業以来ですね。」
「アイツが居れば揃うのにな」
同じ学級だったと言う事もあり、よく連るみ、
時間を忘れる程三人で遊び明かした。
今では考えられない程、無垢に、自由に。
「一ノ瀬、うちで飯でも食べて行かないか?」
「それは良いですね。お邪魔させて頂きます。」
今日はもう隊務も終わり、後は帰宅するだけだったので旧友の誘いを断る理由は無い。
二つ返事で沈みかけている夕陽を背負ったレンの後を追う。
「そこの角に車を停めているんだ」
「車、ですか。」
流石神宮寺財閥の息子。
日本国内で所持している人間は少なく、
自動車は富裕層の所有物と言われている。
軍用車に乗った事はあるが、乗用車は初めてだ。
角を曲がれば黒い車体のソレが見えた。
と、同時にふらりと傾く身体が目に入る。
紅い着物に描かれた大輪の華が大きく揺れて、
砂利道に崩れる様に座り込んだ。
黒い車体の横、一羽の紅。
「大丈夫かい、レディ?」
駆け寄ったレンが軽く抱き寄せた肩の持ち主は、
もう二度と逢う事は無いと思っていた人物。
艶やかな橙色の洋燈が脳裏を過る。
『申し訳ありません、…一ノ瀬様?』
鈴が鳴るような聲と、
ゆっくりと上げられた瞳と合う。
憂いを帯びた柘榴石。
この瞳には二度と逢う事は無いと思っていた。
(一羽の蝶との予期せぬ再会)
To be continued
20111031
八割レンとトキヤでした。
長編はゆっくり書いていきたいので小出し気味。
あとがき追加。
トキヤをイッチー呼びは時代的に違うと思って一ノ瀬呼びに。
レディも御婦人とかお嬢さんにしようか悩んだ…。
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