▼第一楽章














ガシャンとプラスチックや本が落ちる音と
ドンと何か衝突する音が廊下に響き渡り、
クスクスと笑う生徒達のまん中で蹲る女の子。


コロコロと転がってきた消ゴムを拾い上げてそちらに向かえば、
ラピスラズリの様なくりくりの大きな瞳に大粒の涙が見える。




「コレを。大丈夫ですか?」




消ゴムと共に周りに散らばった教科書やペンケースの中身を集めて彼女に差し出せば、
制服の袖で目を擦り、精一杯の笑顔を向けてきた。





『すみません!ありがとうございました!』





彼女の足元に落ちていた赤いフレームの眼鏡を拾い上げて、
受け取った教科書達と共に持ち、空いた手でスカートをぽんぽんと叩く。




漆黒の綺麗な髪が風に靡き、
深い藍色を隠すように掛けられたレンズが光る。




その瞬間、雪の様に白い肌が、頬が一瞬で赤く染まり、
またバサバサと音をたてて教科書達が床に広がった。



『い、一ノ瀬さん!』

「はい?」



口元を隠し、跳ね上がった肩に少し上擦った声を発しながら、
あ、と慌てて床に散らばる私物をかき集める。


またクスクスと響く声に、
ぎゅっとソレを抱き締めながら、すみません、と小さく呟く彼女。



周りを一瞥して、小さく震えた肩に手を伸ばそうとした。






「あれ?イッチー?」

「レン」

『…!あの!本当にありがとうございました!』

「え?」




後ろから響いたレンの声に振り向こうとした瞬間、
頭を一度深く下げたと思えば廊下の彼方へと
走り去っていく。



「あれは…」

「レンの知り合いですか?」

「や、まぁ、ちょっとね」



歯切れの悪い言葉に違和感を感じはしたものの、
早くレコーディング室行こうぜ、なんて言いながら歩きだした彼の背中を追った。








見かけない子だった。
音也達のクラスに居ただろうか。


吸い込まれそうな瞳。

小鳥が囀ずるような、そんな声。










「…コレは…」




廊下の端に転がっていたピンは彼女の髪に添えられていた物と同じ、
小さな華が付いたソレを拾い上げた。







.









『痛っ…』



グラウンドの端に設置された水道で豪快に擦りむいた膝を洗う。


少ししか切れてはいないものの、ジンジンとまるで心臓がもう一個あるかと思う位、
滲みて痛む患部に思わず漏れた声。


込み上げてくる感情に唇が震えた。





「どうぞ」

『ありが、と…っ!』




スッと差し出された男物のハンカチを受け取りながら、
少し低くなって和らいだ陽を背にしている人に目を向けた。

逆光で一瞬誰だか解らなかったが、ジャケットに白いシャツを着た彼は先程迷惑をかけた人物。

Sクラスの一ノ瀬トキヤ。



ドキッと鳴る心臓に少しの息苦しさ。







受け取ったハンカチなんて使えるわけもなく。
唇を少し噛み締めて、足元を睨み付けた。



「…失礼します」



そんなアタシの心中が伝わったのか、
手の中のソレをスルッと抜き取り、
躊躇する事もなく濡れた膝にあてがった。





『ちょ、』

「…絆創膏を貰ってきました」




彼の大きな手に引かれ、水道の縁に腰を下ろす。

再度とんとんと触れたハンカチに少し傷が痛んだが、
それよりもどうして彼がと過る疑問。




会話をしたことは先程が初めて。

ここまでされる義理も縁もない。





『…有り難う、ございます。』




絆創膏を貼り終えられた膝を一瞥し、背の高い一ノ瀬トキヤを見詰めた。










「廊下にコレが落ちていました」

『…コレを届ける為に態々?』




ポケットから差し出されたのは一本のピン。


受け取ろうとした瞬間、スッとソレをアタシの髪に付けた。

アタシよりも大きな手で、
長く骨ばった指で。




「えぇ。」




見上げれば眩しい位綺麗な太陽が彼の背で受け止められていて影が出来ている。

逆光にもか変わらずふわりと降ってくる笑みは太陽よりも眩しくて。






「レンと知り合い…」

『有り難うございました、一ノ瀬さん!』




彼の言葉を遮った。

SクラスはBクラスの自分とはレベルが違う。

ましてや一ノ瀬トキヤの歌声は格段桁が違う。








もう絡むことはないだろう。




膝の傷は痛むけど、
この胸のうちに比べたら小さなものだ。


馴れ合いは要らない。
リミットは一年限り。






始業のチャイムが鳴り響く中、
校舎へと駆けた。






(ズキズキと痛む傷)

To be continued

20111019




学生ライフ長編。
続き物がパロだけってのも…と思ったので。

こっちもトキヤで書き始めましたが、落ちは未定。

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