破壊していく音が聞こえた。(1)











地上から遥か離れ、この国の中で何よりも空に近くに位置する真っ黒な建造物。
静かに不気味に灰色の空に聳え建つ、黒の教団。

この世界を終焉へと導く先年伯爵を止めるべく、ヴァチカンの命により設立された軍事機関の本部。
イノセンスを使いAKUMAを破壊するエクソシストと、そのサポートをする科学班や総合班等が生活している。





そんな教団にも毎日必ず朝は来る。
淡く暖かな朝陽が窓から射し込んだ。

此処の朝はとても早い。
働きっぱなしの科学班がいるせいか、夜というものが極端に短い気がする。
(彼等には朝も夜も関係ないと思われる)




とは言え人の事はあんまり言えない。
アタシ自身、教団に居る時は鍛練をしたり、書庫に入り浸ったりとする事が多いので起きている時間が結構長かったりする。




濃霧と曇天が多いこの都市。
久方振りに見せた朝陽を全身に浴びて、窓を開ける。
重厚な石で出来た建物の中に、朝の澄んだ空気を招き入れた。



『ぅん〜…、』



軽く伸びをしながら、大好きな布団に別れを告げて、シャワールームへ向かう。
正直この瞬間が一番嫌い。
ずっと微睡んで居たいけど、そう言うわけにはいかない。

低血圧なのか目覚めが芳しくない為、毎朝の日課になっている。
個人の部屋にシャワールームがある人は少ないと以前リナリーが言っていた。
どうやら有り難い事にその珍しくお得な部屋を振り当てられているようだ。

シャワーのヘッドから流れ出る温水を浴びて、眼を無理矢理醒まさせた。



『今回は何日になるかな。』



いつの間にか伸びて、胸辺りまでの長さになった髪をタオルでゴシゴシと水分を拭いながら、昨夜受けた任務の準備に取りかかる。


ベッドの上に広げた資料を覗き見ながら、半乾きの髪をそのままに、着なれた白のボウタイブラウスに黒のショートパンツとニーハイソックスを履いた。
団服を新調する度に、リナリーの様に可愛いデザインにしよう、なんてコムイやジョニーが騒ぐけれど、この動きやすいスタイルが自分には合ってる。
履き潰して草臥れてきた革のロングブーツを履いて、爪先でコンコンと床を叩いた。


荷物はいつもと変わらない。
受け取った資料と地図、科学班が持たせてくれている傷薬。
ソレを小さめのトランクに詰め込み、団服のコートと一緒に持って部屋を出た。







「ナマエ!」

『リナリー、おはよ。』

「おはよう。」



一層静かな廊下を歩けば、カツンとヒールを鳴らして、ツインテールを弾ませて駆けてくる。

幾つものファイルを抱えている辺り、昨夜も科学班の手伝いを買って出たんだろう。
あまり寝ていない筈なのに明るく振る舞うのは彼女の魅力の一つ。

リナリーは戦友であり、唯一無二の友達であり、姉妹のような存在。
彼女がいなければ、アタシはまた自由奔放に投げ出してしまっていたかもしれない。
こんな楽しくもない戦争なんて。



『お疲れ様ー。』

「今から出発?」



リナリーと二人分の靴音を鳴らしながら、歩幅を合わせて角を曲がる。
食事時の所為かすれ違う人は少なかった。
(目立つのはよれよれの白衣を着た幽霊のような科学班か。)



『うん、朝御飯食べたら出るよ。』



約束の時間まであと半刻。
もう一度資料に眼を通しながら、モーニングを摂るには十分過ぎる時間。

屋根を渡って行かなくても十分に余裕はあるの、と笑って見せた。



「じゃあコレ、持って行って。」

『ん?何?』

「ナマエ、お腹が空いたら大変でしょ?開けてみて。」



(多分)疲れきっているだろうに、ソレを感じさせないように明るくクスクスと笑いながら、ポケットをごそごそと漁る。
そこから取り出された赤い小さなポーチ。
リナリーにしては珍しい色だなと思いながら促されるままに受け取って、ソレを逆さにしてみれば、色とりどりの飴が掌に転がった。



『…!!っ、リナリー!』

「わ、ナマエっ!」

『大好き!有難う!』



『コレで生き延びられる!』って言いながら我が愛する戦友に抱き付いた。
「大袈裟ね。」ってファイルで口許を隠しながら、コロコロと鈴の鳴るような聲で笑う。

―――いやいや、これは死活問題なのです。

寄生型にはずっとついて回る迷惑な話。
腹が減っては戦は出来ぬと誰かが言っていたが、まさにその通り。
発動すら儘ならなくなってしまうのだ。



「くれぐれも気を付けてね!」

『うん!』



柔らかくリナリーの手がアタシの後頭部を撫でる。
有難う、と再度リナリーの首に回している腕にきゅっと力を込めた。



「いってらっしゃい。」

『いってきます。』



帰ったら買い物にでも行こうねと、リナリーと約束を交わし、階段前の曲がり角で別れて食堂へ向かう。

お互いにオフが重なることはあまり無い。
実際に買い物へ行った回数は片手で事足りるが、こういう小さな約束が大事。

“帰らなくては”という気持ちにさせてくれる。

そうでなければ立ち上がる事を忘れる位、戦況は良くない。
この戦いの終わりなんて見えないのだから、日常を噛み締めるしかないのだ。








to be continued

20120330

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