06 破壊していく音が聞こえた。(6)




『―――ッホンッッットに無理ィィ!』



“伸”と言うラビの無茶苦茶な移動手段で、晴れ渡った空を勢いよく跳んで数秒間離れていた愛おしい地面。
大きな聲で拒絶の言葉を発しながら着地した先は、向こう側から死角になっている崖の部分。
どうやら洞窟になっているようで、薄暗く奥深くに続く道があった。



『ない、マジでない、あり得ない。』

「あちゃー、もう少しで着陸のコツ掴めそうなんだけどなぁ。」

『このバカ兎野郎……。』



体当たりのような降着で、スライディングしたのは砂だらけの地面。
勢いだけのこの奇怪な技には、関わってはいけないのだ。
いくら早く着くとは言え、良い思いをしたためしがない。
現に今も全身砂だらけ。
しかも掌を擦りむいてしまった。
もしかしたらさっきのAKUMAとの戦闘よりも、傷を負って団服に汚れを付着させたんじゃないか。
隣で胡座をかいて頭を掻いてるラビに、心底嫌気がさして額に手をあてた。
と言うか自然に手が動いていた。
ホントに頭痛い。



「いやー、ま、次は成功するって!」



過ぎた恐怖に少しの吐き気と闘いながらラビを睨むと、呑気に笑って寄越す。
毎回毎回言っている筈なのに、容易に“次は”と言うので些かうんざりなのだが。
もう金輪際、乗らないと言う意思表示として、両腕で大きな×を作ってラビに向けた。



『絶っっ対に次はな…、』



コツと、地面に転がる小さな石が此方に一欠片転がってきたと思えば、奥からヒタリと足音が聞こえる。
何かの気配は全くしなかった。



「ナマエ!!!」



その音に反応するのが先か、
アタシが倒れこんだのが先か。


先程の奇怪な哭き声と、焦りを含んだラビの聲に気付いた時には既に、アタシの身体は横たわっていた。
哭き声がワンワンと呼応するように洞窟内に響き、その聲が巻き起こした風が身体中を引き裂く。


痛い。
どこが、と言う問題ではない。
全身が痛い。
頭が割れそうで、身体中のあちこちが軋む。



『っ、…はな、し…っ、』



ガシッと力強く掴まれた手首の先には、先程森の中で会ったファインダー。
やはり彼は虚ろな面持ちで、生気は感じられない。
アタシを掴んだ温度のない手、それでいて全く振りほどけない力強さ。
それなりに鍛練を重ねていたとしても、性別は違っていたとしても、エクソシストでもない彼らの腕が振りほどけない筈がない。
それがびくともしないのだ。



『ヤ、だ……っ、』

「ナマエっ、」



一歩、一歩と真っ黒な洞窟の先に足を進める彼が、引き摺る様にアタシを連れていく。
酷く気持ちが悪い。

阻止しようとラビが鉄槌を構え、振り下ろそうとすると、振り返った彼がまた。
大きく吸い込んだ息を吐く。
そと共に哭き声を上げ、辺りがそれに応えた。
その響き方は脳をぐるぐると回り、平衡感覚を失う。
よろけたラビに向かって突風が吹き、不安定な身体は壁に叩き付けられた。



『ラビ!』

「い、てェ…っ。」



ガラガラと言う音と共にラビが地面に崩れる。
彼の身体と一緒に落ちた壁だった破片が、小さくバウンドして転がった。


『っ、……ちょ、』



ズル、ズル、と。

衣擦れの音をたてて、自身が運ばれていく。
足に力を入れて踏ん張っても、掴まれた手を解こうとしても効果はない。
出来ることと言えば少し身体を浮かして、地面との摩擦を減らす位だ。
痛みに顔を顰めているとまた、哭き声が聞こえた。


しかし。

今までは何とも形容しがたいモノだったソレが、今度ははっきりと。

一字一句。

聞き取ってと言わんばかりに響いた、










『え…?』



その声には聞き覚えがあった。
遠い遠い昔に、聞いた声。
それにとてもよく、似ている。

それは。
この眼にある、神の結晶と出会った時に。



『…イノ、センス?』



そう呟いた瞬間、哭き声と自分の両眼が同調して。
キィィンと高く鳴った気がした。
アタシの聲に応えた気がした。



『ラビ……、イノセンスだ。イノセンスが在る!!!』



“イノセンス”と言う言葉に、弾かれたように反応したラビ。
さっき受けた攻撃の所為で擦り傷だらけになってしまった身体を起こし、此方へ、洞窟の奥へ足を向けようとした。
その時。



「え、ちょ、離すさ!お前ら!」



ガシッと力強く押さえ付けられた彼の身体。
音もなく現れたのは、合流する筈だった残りのファインダー達だ。
アタシの腕を掴む彼と同じく、虚ろな眼をしている。
勿論通信機なんて持ってやしない。


やはり眼は反応しない。
二人もAKUMAではないのか。



『これは……。』



――――イノセンスに操られている……?



ハッと、前を歩くファインダーの顔を見上げた瞬間、轟々と吹いていた風が凪いだ。
痛いほど握りしめられていた腕は解かれ、虚ろな眼はじまだ光を灯してはいないが、まっすぐに前方を向いている。
ファインダーの目線を追ってそちらに目をやると、洞窟の奥の奥。
少し天井が高くなった開けたスペース。
その暗い先に真っ白な鳥が一羽、此方を見ているではないか。
入り口から奥まっていて、太陽の光は勿論届いていない。
それなのに仄かに輝いても見える。



『イノセンス……?』



そう聲をやると、微かに身動ぐ。
それは頷いたようにも見えた。



『…おいで。』



無意識に。
そういつの間にか。
両手を広げながら、ソレに向かって言葉を発していた。



『おいで、イノセンス。』



合ったままだった眼を静かに閉じ、一度だけ羽を広げ羽ばたく。
そして小さくキィィィンと同調するように哭き、此方に翔んできた。
迷いのない一直線に。
ふわりと目の前で降り、一歩一歩距離をつめて。

大人しく腕の中に収まるソレに、“一緒に帰ろう”と声をかけた。

トクンと一度だけ聞こえた鼓動のようなもの。
腕の中に収まる程度の小さな身体が、閃光のように眩い光を放ち、その形を変えていく。

鳥だったそれは、いつの間にか掌の上で一枚の羽根になり、その輝きが収まるとファインダーは糸が切れたようにその場に崩れ落ちた。



「ナマエ、大丈夫さ!?」

『あ、うん、何とか。』



そう言うとそのままペタンと、その場に座り込んだ。
はぁ。
なんだかすごく緊張していたようだ。
一気にその緊張は解け、その所為で足には力が入らない。



「それ、回収完了って感じ?」

『うん、』



目線を合わすように隣に屈み、ラビの大きな手がアタシの頭を軽く撫でる。
“オシマイ”と言いながら、ボサボサになってしまった髪を整えようと手を動かした。

ツキン。
腕に痛みが響く。

眼をやると、腕だけではなくそこら中が切り傷だらけ。
暫くシャワーが染みるな、と軽い溜息をついていると、“うぅ”と小さく呻き声が聞こえ、ファインダー達が意識を取り戻した。





To be continued

20130301



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