破壊していく音が聞こえた。(4)







葉が落ちた木々が埋め尽くすように生え、その山肌に真っ白な雪の絨毯が敷かれている。
歩く度にサクサクと雪を踏む音が鳴る。

圧倒的な白に、残る足跡。

歩き難いけれど、雪の上を歩くのは嫌いじゃないなと思った。

黒の教団が開発したコートのお蔭で寒さもほぼ感じることがなく、歩き易さ、戦い易さを考慮したブーツのお蔭で足を取られる事も無く進める。
きっとこの二つが揃っているからなのだろうけれど。




「ナマエは雪に慣れてんさ?」

『クラウド元帥と任務で北米によく居たからね。カナダの夏は1か月程しかなかったよ。』

「まじかー。」




隙間なく生える木々の間を縫って、問題の渓谷を目指す。


歩きだして二時間。

“俺は前にいた土地が北だったから”なんて、ラビと話しながらだったのでそう長くも感じなかった。



そんな時、漸く目の前が開けた。

遠くを見渡せなかった視界に空が映る。
抉る様に出来た谷間に雪の塊が音もなく落ちていき、ソレを追えば、足元遥か下方に水が流れるのが見えた。




『どう見てもジャンプでは渡れない距離だ。』




跳躍力が一般人よりも発達しているとは言え、目視で十メートル以上ある。
前には進めそうにない。




「この辺りだと思…、」




――ゾクッ



凍るような視線を感じた。
足のつま先から頭のてっぺんまで、嫌なざわつきが走る。
瞬時にラビと背中を合わせ、戦闘態勢を取り、神経を研ぎ澄ませた。

息が荒くなる。
喉が渇く。



後方は深い谷。
激しく水の流れる音が谷の下から聞こえている。
左右と前方は雪に覆われた森。
小鳥の囀りさえ聞こえない。
雲が通り過ぎる影がゆっくりと動く。



眼に変化はない。

両目にイノセンスを寄生させている為、アクマが近づくと一瞬黒く靄がかかる様に知らせてくれる。
しかし変化を見せない両目に対し、この何ともいい難い恐怖と悪寒はなんだ。


“…何処だ”とラビが呟いたと同時に、何かが近付いて来る気配がした。




『来る。』




姿勢を低く保ち、ぐっと足に力を入れる。
ラビが鉄槌の柄を握る。
グローブが摩擦してギリ、という音がした。



ざわざわと何かを知らせるような音を振り払うように、一度瞬きした瞬間、見えた白い影。
あれは見慣れた服。
ガサガサと木や草の音をさせて近づいてきたモノは紛れもなくファインダーだったのだ。
しかし眼は虚ろ。
焦点は合っていない。
持っているはずの通信機も見当たらず、フラフラと此方へ近づいてくるではないか。




『…お前は、何?』




誰?ではなく、何?と問う。
何故だかは分からない。
でも確実に“人”じゃないと思った。

しかし此方の問いかけも聞こえていないのか、手を伸ばしながら歩いてくる。
一歩一歩覚束無い足取りで着実に近付いて来る。




「一体なん、なんさ。」




ラビの隻眼が一層険しくなり、唇を噛むのが見えた。

その何かわからない、ファインダーと距離を取るために一歩下がれば、その衝動で動いた雪がまた、谷底へと落ちていく。
もう、後はない。


ラビが鉄槌を大きくし、構える。
拳を握り直すように、左掌に叩き付けた。



その時だった。



彼は、哭いた。



声にならない声で、音ではない音で。
白く透明で黒い、靄を発しながら。
突風を纏いながら。
何とも不思議な感覚だ。
色も、音も、上も下も解らなくなって。

ぐるぐると落ちる感覚と、フワフワと浮く感覚が一気に身体に纏わりついて、出来ることはただ、目を瞑ることだけ。




10分、5分、いや1分も経っていなかったかもしれない。
永遠の様な一瞬を感じた。



気付いた時には目の前のファインダーの姿は消えていて、ただの森に戻っていた。



真冬なのに汗が纏わり付く。
ハ、ハ、と浅い呼吸を繰り返す。

ガッ、と膝を着けば、ラビの手が肩に乗る。
荒い呼吸を整え、空いた手で額の汗を拭っている。




「大丈夫か!?」

『う、ん。何とか。』

「うぇ、なんか気持ち悪ぃ。」




“顔色悪い”と言えば、“それはお前も、だ”と小突かれた。
辺りを見渡してみてももう何も見当たらないし、先程感じた恐怖とかそういう類のものは消え失せていた。




『吐きそぅ…。』




ラビの言うとおり、胃辺りがぐるぐるして気持ち悪い。
雪まみれになることも厭わずにそこに座り込んだ。
防水効果もある団服から、雪の冷たさだけが伝わってくる。

膝を抱え込んで吐き気に耐える様に眼を閉じた。












To be continued

20120520




←一覧へ