破壊していく音が聞こえた。(3)









「何かあった?」




イギリスを出て海を越えて、幾つかの国を越えて辿り着いたのは、アルプス山脈の恩恵に預かった豊かな自然が溢れる国。

山肌には真っ白な雪が圧倒的なモノトーンの景色を作り出し、その裾野には透ける程美しい青の湖が広がっている。

その長閑な世界は永世中立を掲げているだけあって、穏やかな時間が流れているように感じられた。




汽車を乗り継いで降り立ってから今回の任務地でもある渓谷には、田舎にしては少し大きな街を越えなくてはならない。
一足先に着いて捜索をしているファインダーとその街で落ち合う約束をつけている。

目印は此処。
駅から南に3キロ程のところにある協会。
約束の時間まであと数分。
入口近くの階段に腰かけてファインダーを待つ事にした。




『…、なんで?』

「ナマエはなんかあると眉間に皺寄せながら目線が泳ぐさ。」




つんつんとアタシの眉間に人指し指を当てながら、“ここに皺が、”なんて言う。
その衝撃で少し揺れた頭部。
一瞬呆気にとられたが、ラビの指から守る様に額を両手で覆う。




『嘘!?そんな癖ないよ!』

「いーや、ある。」




教団の地下水路で落ち合ってからここスイスに到着するまで、いつもより大人しい事に気付いたのか彼特有の訛りで聞いてきた。

腹拵えにと街角で購入したメレンゲのお菓子を隣で頬張りながら話す、隻眼の彼が今回の任務の同行者。

太陽のように赤い髪の毛に、黒のバンダナがよく映える。

このブックマンJr.は年が近いエクソシストの中で、任務のコンビを組む回数が多い。
彼とブックマンと3人で書庫に入り浸ることも多く、数少ない何でも話せる人間の1人である。




『…朝、ちょっと。』

「低血圧だしな、ナマエは。」




伺うように覗き込みながら、くしゃくしゃと髪を撫でられる。
アタシを甘やかすラビが好きだ。
と言うよりアタシを甘やかすのが彼は上手いのだ。

自分でも可愛くない性格だと認識している。
感情に左右されるところも少なくはない。
そんなアタシを上手くコントロールするかの様に甘やかしてくれる。




『そう言えば、ユウと喧嘩する珍しい毛色を見たよ。真っ白で。変わった、腕をしてた。』




口どけの良い白い焼き菓子を口に入れれば、柔らかな甘味が広がる。
この白に重なるように、食堂で見掛けた白い少年の事を思い出した。


ユウに掴み掛かる真っ赤な腕。
と言うよりは、肩から伸びる腕のようなモノ。
あの色は、あの感覚は腕じゃない。
自分の中に在るものとよく似ている。

教団きっての手練れのユウに食って掛かっていた。
そして少なからず彼を抑止した。

アレはきっと、イノセンス。
彼はエクソシスト、だ。




「…ヘェ。」




“ユウと喧嘩できる人間なんて他に居たのか”と、こちらを見ながら戯けてみせる。
後ろ手をついて寛いだラビを睨めば、また優しく髪を撫でてくれた。



ユウとは既にイノセンス使用レベルの喧嘩を数回繰り広げ、化学班や総合管理班、医療班まで悩ませたことがある。

気が合わない、と言うわけではない。
本気で向き合えるので自分的には心を開いていると思う。
現にユウも「何でも話せる数少ない人間」の一人なのだ。

お互い歯に衣を着せない、配慮なんて言葉は皆無の二人だから、エスカレートして喧嘩に発展してしまうのだけど。
そして決まってユウを止めるのがリナリーで、アタシを止めるのがラビなのだ。




「しっかし、よくユウを止めたさ。偉い偉い!」

『っ、もう!髪がグシャグシャになっちゃう!』




ぐりぐりと掌を回すラビの腕を数回叩くもあまり効果は得られず、背の高い彼の腕置きのようになってしまう。
“重いって”と言えば、どこから来る根拠なのかは分からないけれど“大丈夫だって”とあしらわれた。

1歳しか違わないのに、ラビには敵わない部分が多すぎる。
スグに顔に出て態度に出てしまうアタシの、ストッパー兼安定剤だと思う。

色々考えていると少し照れ臭くなって、アタシの頭に手を置いたままのラビの袖を掴んだ。




「っーか、遅ェ!このままだと日が暮れるぜ。」




勢いをつけて体を起こし、その反動を使って立ち上がるとブーツのつま先をコンコンと地面に叩き付けた。
腕を伸ばし、肩を鳴らす。




『確かに。約束の時間は過ぎてるね。』

「連絡もつかねェしな、…行くか。」




他愛のない会話で盛り上がっていたものの、時刻を確認すれば予定の時間より30分も過ぎていた。

資料によるとイノセンスが関係しているであろう怪奇現象とAKUMA目撃証言の為、ファインダーが3人調査に赴いて居る筈だ。
ゴーレムでファインダーの通信機器に連絡を取ろうとしても応答は無く、一向に姿は見えない。

彼らはエクソシストのサポートがメインの任務。
こんな円滑を欠く様なことは稀だ。
ただし、その理由は至極簡単。

敵に、AKUMAにファインダーが遭遇し、そして連絡が取れない状況にある可能性が高い。
そう考えるのが一番頷ける。




『そう、だね。』




数時間前に連絡を取っていたファインダーの名前はなんだったっけ、と、記憶を探るとユウの言葉が不意に浮かぶ。

確かにいくらでも代えはいる。

教団に居るファインダーの総人数なんて把握していないけど、毎回違う同行者なんて一々覚えていない。
目の前でアクマにやられた人を見た時もリナリーならどうしたかな、と、どこか冷めている自分がいたのだ。




「渓谷は、あっちの方向か。」




コムイから受け取った資料に載っている地図を見ながらラビが西を指差す。

雪の白いスクリーンに夕陽のオレンジが映り込んでいた。










To be continued

20120520





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