思い出せば遙か遙か。
未来は何処までも輝いていた。
綺麗な青空の下。
僕らはいつまでも眠っていた。










ULTRA BLUE












「おい、起きろ。…ナマエ。」




両腕を投げ出して。
空を仰ぐように仰向けで。
長く重い団服のコートは辛うじて届かない位置に投げ出して。
トランクは此処へ来る前に掌から離れた。

今日は天気が良い。

そんな事はどうでも良かったのだけれど、懐かしい空の色に、誘われるように横になった。

いつかの昔にこうした気がする。
青草の匂いが、印象的で。
閉じた瞼の裏でも明るく映る、太陽の陽。
頬を撫でる風。
遠くを飛ぶ、鳥の鳴き聲。

あらゆるモノが脳内を刺激する。




『…ぅん、何、ユウ。』

「起きろ。」




不機嫌テノール。

芝生を踏むブーツの音で彼だと言う事は解っていた。
背筋の伸びた、凛とした足音で近付いてきて、“チッ”と聞き慣れた舌打ちをして、渋々コートを拾って、そのまま此方に投げて。

顔を覆う様に降って来たソレを避けて見上げれば、心底嫌そうな表情で覗き込むユウが見えた。

眉間に皺をいっぱい寄せて、腕組んで、長い黒のコートを靡かせて。




「何時までそうやっているつもりだ。」

『任務、終わったんだから良いじゃない。』

「…さっさと帰るぞ。」




何処からか拾ってきたアタシのトランク。

そう、此処は未だ任務地。

ユウが不機嫌になるのも無理はない。
AKUMAを殲滅してそのまま倒れ込んだ。

空は澄んでいて青いけれど、周りはAKUMAの残骸だらけ。
風で撒き上がる粉塵は先刻までAKUMAだったモノ。




『先、帰っていいよ。』

「…」

『お腹空いちゃって、力出ないの。』




一体何時間発動していたかは覚えていない。

汽車を降りて辿り着いた此処は少し大きめの田舎の街で。
一気に靄がかかる視界に辺りを見渡せば、街中の人たちはAKUMAになってしまっていた。

確か此処に着いたのは夜だった筈なのに、今はもう空は明るく晴れ渡っている。

晩御飯は汽車の中で食べたサンドウィッチ。
朝御飯には未だありつけていない。
空腹を紛わせる用のキャンディは既に空っぽ。
あんなもので今までもっただけ良しとして貰いたい位だ。

ハァ、と大きくユウが付いた溜息が空に解けた。




「アホか、」

『ぅあ、ちょ、え、え、』

「くだらない事言ってねェで帰るぞ。」




背中に感じていた地面がゆっくり離れていって、視界いっぱいに広がったのはユウの背中。
サラサラの黒髪が揺れて、石鹸の香りが仄かにした。




『ちょ、ちょっと!!下ろしてよ!!!』

「煩ェ。」

『これ酷くない!?』




肩に担ぐなんてどうかしてる、酷いと騒ぎ、不安定な脚もバタつかせながらユウの背中を叩く。
歩き出した振動と、ゆっくり動く視界がふわふわとした感覚にさせた。

背中に添えられた手と担がれた肩から伝わるユウの体温。
つい先程まで戦っていた所為か、酷く熱いソレ。
自分だって休憩したいんでしょと、悪態をつくけれど、お前とは鍛え方が違うんだと返された。




『下ろせ、馬鹿!』

「荷物は黙ってろ。」

『誰が荷物よ!』




あのまま放って置いてくれなかった事と、運んでくれる気持ちには礼を言おう。
しかしこの体制は無いんじゃないか。
他にも何かあった筈。
例えばお姫様抱っことか?
いやいや、ソレも有り得ない。

身体をぐるっと巻く様に被されたコートが幸い。
次の団服デザインはあまり足の出ないモノにしてもらおうと思いながら、ユウの大きな背中を睨みつけた。
ホントに幸いなのが、顔が彼に見られないことだ。
多分、耳まで赤い。




『ホントに有り得ない…。』

「連れて帰ってやるだけ有難いと思え。」




寧ろ置いていってほしい位だよ、馬鹿、と心の中で呟いた。
口に出せば絶対落とされるから、あくまでも心の中で。

ラビに言えば、きっとお腹を抱えて笑うだろう。
多分リナリーはユウの事を怒ってくれる筈。
アレンはどうかな。ユウと喧嘩を始めてしまうだろうか。
クラウド師匠は、リーバー班長は、マリは、コムイは。



空腹の所為か、眼が疼く。
イノセンスが嫌に共鳴する様に。

グッと掌を握り締めても、抜けきった力。
ボロボロになったグローブはコムイが保護用にと作ってくれたモノ。
擦り傷だらけの腕と、裾が破れたユウのコート。

ドクンと心臓が脈打つのが解った。




『…ユウ。』

「なんだ。」

『早く、…帰りたい。』




此処じゃなくて、教団の、ホームからの空を見たい。
アタシの大切な人達の聲が聞きたい。

水路を越えて、ホームに足を踏み入れれば、“おかえり”とコムイとリーバー班長の聲が聞こえるゴーレムが飛んできて。
階段を上って行けば、バンダナを首に掛けたラビが頭を撫でてくれる筈。
本を読みながら待っていてくれている筈だ。
ラビとユウが口論をする聲をBGMに指令室に向かえば、科学班の手伝いをしているだろうリナリーが出迎えてくれて、その後ろからジョニーやタップが“お疲れ”って言ってくれて。

自由気ままに生きて来たし、何にも執着はしていない筈なのに。
アタシの生まれた国はあそこじゃないのに。
酷く懐かしく想わせるのは、何故、かな。




「ナマエ。」

『え?わ、わ、』

「寝てろ。」




肩から下ろされる感覚。
背中に感じる掌はそのままに、膝裏にもユウの腕が通されて。
ユウの背中と地面しか見えなかった視界は、彼の胸元と顔と空。




「目が覚めた時は、教団に着いててやるから。」

『…う、ん。』




“何も考えずに寝てろ”
珍しく柔らかな聲で、珍しく優しい音で。
ほんの僅かに背中をトントンと叩く手は、ユウの大きな手。

有り得ないと思っていた体勢も、疲れ切った身体には心地良くて。


自然に降りた瞼の裏ではもうイノセンスは疼いていない。


今日は天気が良い。
降り注ぐ太陽の陽射しは暖か。
空は雲一つない、青。



綺麗な空の下、僕らは少しだけ怯えていた。



いつまでも此処に居られますようにと。






End

20120401

早く新刊が読みたいです。


←一覧へ