破壊していく音が聞こえた。(2)








リナリーから受け取ったポーチをトランクに入れながら、ガヤガヤと賑わう食堂内に足を踏み入れた。

久し振りにこんな大勢の団員が集まる食堂を見たかもしれない。
しかし彼等もまた、僅かな休息を取って任務へと旅立つのだろう。

カウンターを覗き込めば、大きめの中華鍋を振り回しながら、ものすごいスピードで料理を出していくジェリーが顔を出した。



「アラん、おはよう!ナマエ。」

『おはよ、ジェリー。』



朝から元気なテンションの彼と挨拶を交わし朝食をオーダーすれば、「すぐに用意するわ!」とキッチンの奥へ消える。




教団に来る前は師匠と各地を転々とし、特に中国大陸に滞在することが多かったせいか、スコーンと言うモノは此処に来てから初めて食べた。

かなり料理の腕がいいジェリーのスコーンは味に問題は全くない。
その上、甘さを抑えてあり、腹持ちも良いお陰で任務に向かう時の朝食はいつもコレ。

しっとりと重い生地の中に日替わりで胡桃だったり果物だったりと、味を変えていれてくれるのも有り難い。
飽きないようにとジェリーなりの配慮が伺える。


もう二年も教団に居て任務など慣れたもののはずだが、それでも行く前は少しだけ鼓動が速くなる。
紅茶を飲んで気持ちを落ち着かせながらスコーンと好物の苺を食べる、それが任務前の食事スタイルになってきていた。





――スイスの哭く渓谷、ねぇ。




ジェリーから朝食を受け取り、入り口近くの席についた。
胡桃入りのスコーンを紅茶で胃に押し込んで、燃費の悪い身体に燃料を補充する。


軽くため息をつきながら既に暗記出来る位眼を通した資料をトランクに仕舞い込み、今回の任務に思考を馳せる。
スイスには一度も行ったことが無かったし、谷が哭くなんて聞いたこともない。

イノセンスの在る所に怪奇現象が起こると世界各国巡って来たけれど、今回は一体どんなモノなのか。

なんて、食堂中の騒がしさに気付かずにいて。
デザートに用意してもらった苺をフォークに刺したのと同タイミングで、荒く大きな罵声が響き渡り、思わず肩が跳ねた。



「うぐっ!!」

「サポートしてやっている、だ?」



今までの賑やかさは何処へ行ったと言う程、誰一人言葉を発さず、物音もしない。

誰かの苦しそうな聲と、聞き慣れたテノールが聞こえる方へ目線を送る。


整然と食堂に並ぶ長テーブルと椅子。
ある人は受け取った朝食を持ったまま、ある人はアタシと同じくフォークを握りしめたまま。
全員が同じ方向を見詰め、微動だにしない。

その中央で団員の視線を集めた、黒髪のエクソシスト。
冷めた笑顔を向けながら静かに、それでいて彼等を抉るように罵倒していた。



女性のソレよりは十分鍛え上げられてはいるが、身長のわりには華奢な身体で、自分よりもかなり大きい男の首を捕み上げている。
力無く泡を吹き出す彼を気にも留めず「自分達エクソシスト以外はハズレ者だ」と冷たく言い放った。

足がつかない程持ち上げられたファインダーの首が、ギリッと締め上げられた音がした。



「げふっ」

「死ぬのがイヤなら出てけよ。お前ひとり分の命くらい、いくらでも代わりはいる」



感情も温度も何も含まないテノールがフンと嘲笑う。

彼のスタンスは入団当時から変わっていない。
それは此処にいる全ての人間が知っている筈だ。
態々怒らせるようなことを言ったようで、大方見当つく。
久々に見る“不機嫌”だった。

誰も彼に言い返せずに、その場にいるファインダーが息を飲む。
その次の瞬間。



「ストップ」



バズと呼ばれるファインダーの首を捕らえている腕を掴み、間に割り込んで牽制をかける白髪。

黒髪の剣士よりも小さな身体。
女の子かと思うほどの大きな目に、白い肌。
少し高めの聲変わりするかしないか曖昧な音。

教団内でも1、2を争う程の強さを誇る剣士の腕を止める彼。
エクソシストなのだろうか。
ここに来て2年になるが、始めてみる顔だ。



―――あの髪、。



何とも奇妙な色をした腕と真っ白な髪色の少年が止めたおかげで、解放された大男に仲間が駆け寄る。
ずるっと力無くその場に崩れた辺り、意識を失ってしまったんだろう。


最早ファインダー等存在すら気にならない位敵意剥き出しで睨み合う二人に、周囲は困惑の目を向けていた。
白い少年は解らないが、事あるごとに抜刀しかねない黒髪のエクソシストを宥める術など、エクソシストでもないファインダーは持ち合わせていない。


“誰か”と縋る様な聲が聞こえた気がした。


よくやるよ、と少し呆れて、とりあえず最後の苺を口に入れる。
ゆっくりその酸味を堪能出来ないのは些か腹立たしくもあったけれど、喉を過ぎる頃には手にしていたシルバーのカトラリーを彼等に向けて投げた。
いや、正しくは投げていた、だ。

別にファインダーの肩を持つつもりもなければ、任務前に“彼”に喧嘩を売る気もない。
じゃあ何故だと問われれば、分からない。
気付いた時にはもうフォークは手から離れて彼等に向かっていたのだ。



「っ、うわ!」

「チッ!…おい、ナマエ!」



銀色に輝くソレは静かに空を切り、弧を描きながら団員達の間を縫って、ガッと鋭い音を立てて地面に突き刺さる。

窓から射し込んでいた陽射しに一度だけ、磨きあげられたソレが光った。

刺さったままのフォークを一瞥し、投げた人物が解ったのか黒髪の剣士は大きく舌打ちして、飛んできた方を睨み付けた。
自分の髪がはらりと数本切れた事でやっとフォークの存在に気付いた白髪もまた、冷や汗をかきながら此方へ目を向ける。




「てめェ、」

『そこまでにしときなよ』



敵意剥き出しの聲を“まぁまぁ”とあしらいながら、空になったカップやプレートが乗ったトレーを持って、カウンターの端にある返却用の棚へ置く。
心なしかムスッとした聲が出てしまった。
怒りを含んだ聲を向ける騒ぎの当事者を見れば、威嚇する黒猫のようだと思った。



『故人を想うなら大聖堂へ行けば良い』



ファインダーの肩を持つつもりもなければ、彼の肩を持つつもりもない。
ただ今から任務に向かうのに、士気が下がるなと何処か他人事のように感じた。


神田を無視して荷物を手にしながら周囲を見渡した。



『食堂でする話じゃないよ、ファインダーさん』



バズと言うファインダーは未だ目を覚ましていないけれど、同席し、同じ様に話していたファインダー達と目が合った。

そのまま“イッテキマス”とだけ行って、食堂の入り口へと向かえば、申し訳なさそうに小さく“スミマセン”という聲が聞こえた。









to be continued

20120330

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