▼咲き乱れた華













「良い、女になったじゃねェか」










一緒に飲む酒が更に美味くなった、
そう言いながら深紅のワインが入ったグラスを傾け、
クロス元帥が此方を見る。






「一番愛でていた華だ、綺麗に咲いた。」




弧を描く唇に注ぎ込むソレは高価な物なのだろう。
買ってきた(買わされた)団員が嘆いていたのを思い出す。






既に成人し、何度かアルコールを飲んだ事はあるが、
まだこの液体の味は理解できていない。

いつもアルコールが入る宴会では未成年達や、
ソレが苦手なリーバー・ウェンハムと共にジュースで回避していた。






蝉の鳴き声が煩く響く季節。

陽が暮れて数時間経ったとは言え、
まだ少し暑さが残る。
体温よりも温度が低いワインを口に含めば、
幾分涼しくなった気がした。

しかしそれ以上に火照りだす身体。

酒に慣れない、ましてや強くもないアタシが
アルコール度数が高いソレを飲んだせいだ。



頬が熱い。

そんなアタシに気を良くしたのか隣に座っているクロス元帥は、
愛おしそうな目を向けながらアタシの髪を梳く。
低いテノールの声で●●、と呼ばれる。

心地良い彼の体温に、音に、ふ、と笑みが零れた。


















彼と酒を飲む機会はコレで三度目だ。



一度目はまさかの未成年。
見目美しいワインの味が想像出来ず、
グラス一杯を一気に飲み干したのだ。

勿論、そのままフェードアウト。

翌日眼が覚めると、激しい頭痛に見舞われた。











二度目は確か…と思いだしていると、
「上の空か」と声を掛けられた。
随分隣の人物を放置してしまったのであろう、少々不機嫌だ。




『すみません、昔を思い出していました。』

「昔?」

『元帥と最初にコレを飲んだ時の事ですよ。』






にこりとグラスを彼に向け、
目線の高さまで上げる。
内容量が少し減ったソレを一瞥し、
また、思考を惑わす液体を注ぎ足された。

―――…この男は。

口が引き攣る。
酔い潰すつもりなのか。




器用にグラスにソレを注ぎ込み、
ボトルの口を布で拭う一連の動作をする元帥を、
月が妖しく美しく照らしていた。

純白の布巾に少しの紅が滲む。



まるで血の様に。

















「もう10年か」

『…そうですね』




教団に来て10年。

そのうち何年が残業なのだろうか。
所属しているのが化学班な為、
朝も夜も働き通し。




いつの間にかこんなにも月日が流れてしまった。

幼いながらに解いていた化学式は、
今では複雑難解な物に変化し、
班長補佐と言う地位に付いている。


毎日班長と共に、室長を追いかけるのも
日課となり仕事となっていた。










『もう25です』


自嘲気味に告げた。


「…そう言えば縁談を断ったらしいな。男でも居るのか?」

『居ませんよ、今は。』




サポーターが何故か縁談を寄越した。
先日教団に来た際、アタシを気に入ったようだ。

地位ある家柄だった為、
無下には出来なかったので
数回食事には付き合った。


何度か男性と付き合った事はある。

本気に成れなかった以上に、
仕事が忙しすぎて両立出来なかった事が大半の理由だ。
そんなアタシが結婚なんて、考えられなかった。


仕事が恋人ですよ、と笑ってのける。












「折角咲いたんだ、オレ以下の男に摘まれちゃぁ腹が立つな。」



長くゴツゴツした男の指で、アタシの髪を掬い上げ、
口付けた。




――摘んではくれない癖に。







初めて会った時から10年。
想いを寄せて10年。




咲かせた癖に、摘ませず、
摘みもせず、枯れろと言うのか。





『っ、そうですね、…一生此処で仕事しそうですよ。』

「…教団に居る間は、安心だな。
誰のモノにもならねェ。」

『リーバー班長辺りにでも貰…っ』

「リーバーが、好きなのか?」







鋭い眼に捕らえられる。
猛禽類の様なソレが絡み付く。




――限界。


堪えていた物が頬を伝う。

駄目だ、見せるつもりは、知られるつもりは無いのだ。
この醜悪で行き処の無い想いなど、
それこそ胸の内で枯れさせるべきなのだ。









『…酔いが回ったみたいです』

「そうか。」





酷い人。

摘む気が無いのに愛おしそうに見ないで。
割れ物の様に優しく扱わないで。


想いとは裏腹に、目の前の赤に抱き付いた。


















『…好き、です。元帥が、すき、』






譫言のように吐き出すだけ吐き出した。

泥々のソレが充満する。
零れた涙が彼の服に染み込んでいく。
あぁ、先程の布巾の様だ。

汚してしまう。






元帥の手が頬に触れ、再度眼を合わせられた。
冷たくて、温かくて、心地良い。
隻眼に捕らえられる。

逃げられはしない。






咲いた場所が彼のテリトリーだったのだ。







「綺麗に咲けよ、」
オレの為にな、と告げられた言葉はもう届かない。

既に堕ちてしまったのだ。
この聖職者に。








重なる影。

後はただ、触れられた所が熱かった。














.

□あとがき□

クロス元帥を書こうとしたらこんな事に…


よくわからない艶?ですみません。



最後までお付き合いありがとうございました。




20110803


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