▼恋と熱病








(近親注意)







脳内が、ざわつく。
グツグツと膿が沸くような、頭蓋骨の内側が発熱しているような。血液が逆流でもしているのか。たまに訪れる呼吸困難には、口を魚のようにパクパクと繰り返し、二酸化炭素を吐き出しては、どうにか酸素を吸い込む。心臓は不整脈を続け、微熱が体内に纏わり付いている。
そんな呪いじみた病を患って、数年が経った。

いや、違うな。これが病だと認識したのが数年前だ。
それまではそれが当たり前だと思っていた。彼女を守るのも、彼女に触れるのも。彼女と笑い合うのも、自分だけだと思っていたし、それを疑いもしなかった。

俺の世界はそれほどまでに狭く、彼女一色だった。








恋と熱病







どうにか火照った身体を沈ませようとベッドを抜け出して、投げ散らかしたデニムに足を通し、フローリングに腰を下ろした。自分よりも温度の低いソレらが、熱を奪っていく感覚。
いやに冷静な自分と、どこかふわふわとまだ夢の中を彷徨っている自分。それに反抗する様に、その両方が鬩ぎ合っては、また熱を発した。噛みしめるように何度も手を握っては広げ、見慣れた掌をただただ見つめる。
喉はカラカラに渇ききってはいたものの、一歩もここを離れたくない。
そう広くは無い自室の、ここだけが聖域のように感じた。



『……ねぇ、後ろめたさは無い?』



肩口に聞こえた聲に振り返れば、眠たそうに横たわる●●が見えた。
シーツの隙間から伸びた指先が、俺の髪を掬う。

いつだったか。伸びっぱなしのそれをキレイだと、●●が言った。
キレイなのはお前の方だと、伝えようとした言葉は喉の奥でかき消した。
自分の口から吐きだされる賛辞はなんだか陳腐な言葉に感じ、一切気にも留めていなかった事が、一瞬で掛替えの無いモノに変わったからだ。
呼吸が上手く出来なかったのは覚えている。

●●が俺に与えてくれる何もかもが特別だと。
気が付いた時には既に、病は手遅れの末期だった。



「……何が?」

『間違いだった、とか。選ぶんじゃなかった、とか……貧乏クジ引いた、とか』



色白のそれに絡む自分の髪。その一本一本にですら嫉妬してしまう。
今、俺は●●に触れてはいない。
30cm程の距離ですらもどかしく、貪り尽くした筈の、もう何度も触れて熱を伝えた筈の、●●の肌に焦がれてしまう。



「お前は、そう思うのか?」

『まさか』



くすくすと喉を鳴らす様に笑う●●。細い肩が小さく揺れる。



『そんなわけないじゃない』



衣擦れの音と共に届く、コホッと小さな咳と、いつもよりも少しだけ掠れた聲が耳に残った。シーツに遮られて見えない●●の、ふっくらとした唇が吐くソレがまた俺の熱を上げる。

後ろめたさはとっくの昔に感じた。生んだ親に。育ててくれた親に。俺を。俺等を。
そして●●のコレからに。
俺がお前を想い続けて、お前に何の得があるのか。
お揃いだと、嬉しそうに伸ばした髪も、親譲りの切れ長の眼も。口元なんてそっくりだと親戚は言う。
男か女かと言う事と、俺の肩までしかない身長を除けば、作りは殆んど似ていて。誰がどう見ても血の繋がっている兄妹で。

それでも間違いだとは思っていないし、思えない。
柔らかく細められた眼が俺だけを映し、その唇が俺の名前を呼ぼうものなら。呼吸する間も惜しんで、塞いでしまいたい衝動に駆られる程。
この想いは根深い。



『後悔、してる』

「……そんなことねェよ」

『眉間にシワ』



身体を起こし、髪を弄っていた指をすっと伸ばして頬を擦る。体温の低いソレが心地良い。力の抜けきった身体に気怠さを覚えつつも、その指を追う様に手を伸ばし、自分のソレと絡める。ゆっくりと●●の手を引きながら顔を覗き込めば、困ったように笑った。
冷たかった●●の指に、段々移っていく自分の体温。自分と変わらない温度になった指が、自分よりも細く折れそうな指が。桜貝のように仄かに色付く指が愛おしくて、唇を寄せる。



『ユウ』



きっとこの病は治らない。
症状は日々、年月を重ねれば重ねる程、悪化していく。
そして厄介な事に、俺だけではなく●●までもを道連れにしてしまうのだ。



「嫌がっても、離すつもりはないけどな」



後悔なんて、ない。
あるのは、1mmも離れたくはないと言うバカげた感情と、泣いてしまいそうな位満たされた気分だけだった。





End

20140503

血のつながった神田さんと夢主話でした。
短め。




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