▼月下の逢瀬








漆黒の天蓋に君臨している満月。

窓辺で書類を片手に何処かへ思考を手放した彼は、ソレが溢した灯りに照らされて酷く綺麗だ。
全身白に覆われ、十字架を背負って居る姿は、
何処か神聖な存在にも見える。









『コムイ室長、珈琲を。』

「●●ちゃん、君が入れてくれたのかい?」

『リナリーが任務で居ませんからね。』













彼の専用のマグカップに態々煎って淹れた。

少しだけ、特別に。

いつも差し入れと飲み物を入れる、
室長の愛妹は今日は不在。
こういう機会だけ、代わりにと理由付けて。




「●●ちゃんの入れる珈琲、美味しくて好きだよ」

『妹さんの様に上手くはないですけどね』




指令室に設置されているソファーに深く座り込み、
自分も珈琲を啜った。
徹夜続きで鈍る思考が少し、覚めた気がした。

















デスクに軽く腰かけ、マグカップと帽子を置いた彼と眼が合う。



「隈が出来てるよ」

『仮眠は取っているんですけどね』



デスクとソファー。

少しだけの距離。

容易には近付かない彼とアタシ。
ソレで良いと思っている。





柔らかな眼と合えば、
押さえている自分の気持ちに再度気付いてしまう。
でもコレは伝えるつもりもない。

ソレで良いんだ。




この長く暗い戦いが終わりを告げるまでは。
彼の大事な大事な妹君が、たった一人の家族が、
平穏に暮らせる日が来ない限り。
コムイは自分の幸せや気持ちなど考えないつもりなのだ。
そういう人だ。























いつだったか。

連日の残業続きで耐えきれず、
資料室でうたた寝をしてしまった事がある。

邪魔されない、と静かであまり利用されない
その部屋を選んでしまった事が、
睡魔に負けた最大の理由だろう。

浅い浅い甘美な微睡みに身を預けている所だった。








頭部に感じる温かな感触。
ソレを撫でられていると気付いたのは少し後だった。

夢から現実に引き戻されたが、
心地良いソレに気を良くし、働かない身体をそのままにしていた時。








「好きだ、●●」








小さく溢す様に聞こえてきた愛の告白に、
このまま息絶えても良いかと思った。


意中の人から想われている、なんて微塵も思っていなかったし、
彼はそんな感情を持たないと思ていたのだ。
妹を愛し、妹の世界を守る事が
彼の幸せで人生だと実感していた。


しかし同時に彼から落ちてくる暖かな水滴。
泣いて、いたのだ。






ーーーあぁ、そう言う事か。






やはりアタシが思っていたコムイ・リーで間違いなかった。

コレは聞いてはいけなかったのだ。
アタシは、眠っているのだ。








コムイが出ていったと同時に、頬に伝う想いの欠片達。
この想いはこの部屋に置いていく。

堪えることもなく、ただ静かに落ちていった。

















「科学班の睡眠不足は由々しき問題だね、
栄養ドリンクでも開発しようかな!」

『アハハ、そんな事する前に、コレにサイン下さい』



目の前に突き出すソレを一瞥し、
室長は苦笑いと共に受け取った。

椅子に座り直し、
内容を確認している彼のデスクに背を向ける。




この距離で良いのだ。
この距離が良いのだ。




ペンの走る音に耳を傾け、
ホンの小さな、呼吸と変わらない大きさでため息をついた。





「はい、コレ、●●ちゃん」

『ありがとーございまーす』







受けとる瞬間に少しだけ刹那に触れた指先。
ソレに気付かない様に退室しようと、ドアへ向かった。




「ねぇ、休みが取れたら、」

『バカンスにでも行きますかぁ?』





コートダジュール辺りが良いらしいですよ、
ふざけたノリだが、彼の眼をじっと見た。




休みがとれる、そんな事。

切望してならない未来、何度夢見たことか。

人類の、世界の為にも。





エクソシスト達に頑張って貰わなければ。
彼等にかかっている。
科学班として出来うる限り、サポートしなければ。





だからこの気持ちには来るべき未来まで、
眠っていて貰うのだ。



『では仕事に戻ります、コムイ室長』

「よろしくね、●●ちゃん」





ゆっくりしてしまった。
リーバー班長に怒られるかな、と
先程彼を照らしていた月を見ながら足早にラボへ向かった。





end









□あとがき□


コムイは恋愛よりもリナリーをとると思うので、本当に好きな人が出来たら辛いだろうなと。

不意に思って書き連ねてみました。


ちょっと切ない両想い。
お騒がせ度はほぼ零の室長様でした。



最後までお付き合い、ありがとうございました。



20110806







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