▼ポーカー










「ラビは●●のことが何でもわかるみたいね!」



リナリーがテーブルの上に散らばったトランプを集めながら、そう言った。













誰の趣味なのか意向なのかは分からないけれど、中庭の大きな木の下に設置された猫脚の丸いテーブルと背凭れ付きのチェアー。
雨風を受けている筈なのに、象牙色の塗装は綺麗なまま。
きっと総合班の誰かが小まめに手入れしてくれているのであろうソレに腰掛けて、ポーカーでもしようかと、アレンがトランプを取り出したのが一時間前のことだ。


ニコニコと気色の悪い貼り付いた笑顔のアレンが、“ビッド”と言いながらチップを出す。
まただよ、と半ば諦めながらストックカードを捲った。




ふ、と。
茜色に染まっていく空を、彼女の長い栗色の睫毛が仰いだ。




アレンの一人勝ちに嫌気がさしたのかもしれないし、手持ちのカードに諦めを感じたせいなのかもしれない。

引いたカードはなんの役にもならないハートの7。

あくびをしながら腕を伸ばせば、小さく骨の鳴る音がして、いつの間にか肩に力が籠って疲れて居ることに気付いた。

毎度お決まりのゲームなんて、なんの息抜きにもならねぇな。
そう思いながら息を吐く。

ため息のついでに視線を上げれば、夕焼けに向かう雲を見つめる●●の横顔が見えて、ポツリと呟くように唇が動いた。



『葡萄。』



“●●の番だよ”とリナリーが声をかけるのとほぼ同タイミングで、リナリーよりも少し高い●●の声が耳に届く。

五枚のトランプを小さな手で掴み、胸の前で綺麗な扇状に広げてはいるけれど、彼女の興味はもうポーカーではない。
その事に気付いたのはオレだけではなかった。



『そうだ、葡萄よ。何で忘れちゃってたんだろ!』



飽きたと言わんばかりにトランプを捨て置いて、ポンと掌を叩く。
そして秋風に揺れる木の葉を指差すように右手を振りながら、“そうだった、そうだった”とぽってりとしたピンク色の唇が呟いた。




『メレンゲのようなの雲はなくなったし、オレンジ色の空も美味しそうになったし!』

「…●●?一体なんの話ですか。」

『え?何が?…あ!フルハウスだった!』



質問を質問で返しながらも、捨てるように置いたトランプを今更綺麗に並べ直して、またすぐに自分の世界に入り込んでいく。
数字の小さい順にきちっと揃えながらも、自分の発したメレンゲの雲を思い出したのか、“あれはあれで”と好物を前にした時の爛々とした瞳を一瞬見せた。
●●独特の空気で、思いついたことを呟きながら話を進めていくので、アレンが呆れた顔で溜め息をつく。

●●の思い付くことは常々アレンの想像できない(理解できない)ペースでコロコロ転がっていくので、彼は深く考えることを止めたそうだ。
質問をしておきながらもやっぱりな、と言わんばかりだ。




「明日、買ってきてやるさ。」



きっと、今、●●の頭の中を占めているものがわかるのは、オレだけに違いない。
アレンだけでなくリナリーも“何の話?”と怪訝な表情を浮かべている。



まだまだ日中は汗ばむものの、朝晩は上着がなくては肌寒い季節になってきた。
陽が沈むのも早くなってきたし、早朝に耳にした虫の聲は秋の到来を知らせるものだった。
四季を愛でる事もなく淡々と過ぎてきた日々だけど、頬を撫でる風の匂いが変わったことくらいはわかる。
中庭の芝生の固さや色が、少しずつ秋へと向かっている事も。


この季節を●●が心待にしていて、その理由がなんなのか、なんて。



『ホント!?じゃあ、あ、本を返してって言ってこなきゃ!』

「昨日ジョニーから預かってるぜ。」

『それならえっと…あ!調律!』

「オルガンなら一昨日マリが済ませてたさ。」

『そっか!!』



良かった!って、満面の笑みを浮かべながら、最高のコンディションにしなくちゃ!ってどこかやる気に満ちた目を見せて。



『今夜はジェリーに頼んでシチューにしてもらうんだ!』

「ミルクたっぷりのやつな、」

『うん!』



今日はミランダに梳いてもらったと言う栗色の髪が●●が動く度、頷く度に揺れる。
手入れの行き届いた猫のように艶やかなそれを、眼で追った。



「………フォーカードです。」

「あ、えっと、…わたしはワンペアよ。」



アレンが綺麗に揃ったトランプをテーブルの上に並べ、それの声にハッとしたリナリーもトランプを出した。



「あ、オレも。」



上手く揃わなかったトランプを手から溢すように滑り落として、そのまま両手を頭の後ろで組む。
さっき引いたハートの7は結局何の役にもたたなかった。
ハートの、更に言えばラッキーを象徴する数字なのに。

やっぱり今回もイカサマボーイが勝つわけですね。

ギィギィと鳴る椅子を少し傾けながら、ちょっとづつ美味しそうと●●が形容するオレンジの空を見た。



『まじで?二人ともワンペア??やった!わーい!!!勝った!』

「勝ったのはボク、ですけどね。」

『もうアレンは考えないことに決めたのよ!』

「…誰がですか?」

『あたしが!』



どう考えてもフォーカードより下のフルハウスなのに、両掌を合わせて嬉々とはしゃぐ●●に信じられないと眉を顰めるアレン。


「バカですか。そうですか、バカですか。」

『あ!こんなバカ相手してらんない!走ってくる!』

「はぁ!?」


あれですか、ここにいる日本人は全員バカなんですね。
なんて暴言を吐くアレンに言い返しながら、席を立つ。

この二人は度々“バカと言う方がバカなんです”と典型的な言い合いをしているけど、こういう調子なんだなと思えば、ふ、と声が漏れそうになった。



「●●ー、良いけどコケんなよー。」

『うん!』



上がる口角を隠しつつ、たっぷりギャザーの入ったスカートを靡かせて、艶やかな栗色の髪を弾ませて走り出した●●に声をかける。
それに応えながら振り返ったせいで足元の段差に躓くも、持ち前の運動神経で体勢を整えて踏み留まって。
そして力強く地面を蹴って、あっという間に見えなくなった。



「見事ですね。」

「●●のことが何でもわかるみたいよね!」

「よくあれで会話が続く。ホントに不思議です。」



トランプを全て集めて手際よくシャッフルするアレンに、“すごいわ!”とリナリーが眼を輝かせた。



「まぁ、ねぇ。」



何でも、っつーわけではないけれど。

前に教えてくれた●●の事。
きっと彼女は何の気なしに、ただそこにあった適当な話題に触れただけど、●●の言葉に合わせてその記憶を探るだけ。



夏の雲はメレンゲのお菓子みたいだと言っていた事。
幼い頃に食べた故郷の葡萄パイの味。
似た味のパイを街で見つけた去年の秋。
一ヶ月前位に買ったミステリー本。
それに出てきたオルガン。


手に取るように思い浮かぶのに、
彼女の事を考えるのはパズルを解くように面白い。



きっと、それは。
多分。



「結構愛情ある、からさ。」



と言うことなんだろう。




(多分アレンなんかよりもずっとな。)

end

20121023



かなりお待たせしてしまいました…リクエスト頂いていた、“電波っ子”と“ラビ”のお話でした!!
電波って言う感じが上手く表現できなかったのですが、頬杖つきながらニヤニヤしてるラビを思いながら考えてみました(笑)
きっとこんな“どやぁ”なんだろうなと。

スランプ続きで秋が過ぎようとしてしまいそうで、焦ったのですが、ぎりぎりセーフ?と思いたい。

ホントにリクエストありがとうございました!!

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