▼Talk of the absurd love 昨日贈られてきたピンクの夜会靴はヒールが1cm高かったから、5分で脱ぎ捨てた。 一昨日贈られたドレスは胸元があき過ぎていて、ベッドの上で丸まっている。 ついでに言うと、4日前に贈られた赤いバッグは色が濃すぎるし、ドレスとお揃いで付いてきたヘッドドレスもリボンの色が嫌い。 日傘は刺繍じゃ無くてフリルの方が欲しかったし、扇子とハンカチはレースが気に食わなかった。 ピンクの色目はもっと青みがある方が好きだし、トーションレースよりはリバーレースの方が好きだ。 刺繍や柄物はあまり好きではないし、その分たくさんフリルの付いたものが好き。 アタシの好みから少しズレた贈り物達はこの部屋に溢れ、いつの間にかそれらで形成されている。 そう。 これらを贈り付けてくる彼とは好みが合わない。 しかしその“ズレ”はモノだけではない。 「よう、●●。」 『…入って良いって言ってないんだけど。』 二度ノックする音が聞こえ、白く塗装された木製のドアの蝶番がキィと音を鳴らす。 身体も顔も目線すら窓に向けたまま、訪れた客人に聲を返した。 カップの中の水面に欠けた月が映り込む。 ソレに口を付けて飲み干した。 仄かな蘭の花香が喉を通ると共に鼻から抜け、独特のスモーキーフレーバーが癖になる。 「オレには“どうぞ”って聞こえたんだけど。」 なんて都合の良い解釈。 彼とは会話が成り立たないことが多く、頭痛を感じることも屡。 タキシードのテールを靡かせて、シルクハットを脱ぎながら向かいの椅子に腰を掛ける。 ハットはシュッと言う音を立てて飛んでいき、それは見事にベッドに脱ぎ捨てたドレスの上に着地した。 “似合うのに”と呟いて、足を左右に開けて屈みながら膝に肘を付き、両掌を合わせる。 因みにコンコンとドアをノックするリズムも、ズカズカと部屋を横断する足音も勿論気に食わない。 そんな彼の聲を無視して、白磁のティポットを傾ける。 コポコポと音を立てて少しだけ濃くなった二杯目の琥珀がカップを満たしていく。 ふわりと香りが立った。 『何しに来たの。』 テーブルとティポットが触れてコツ、と音が鳴る。 再度現れた水面に映る月。 振動で起きた波紋に合わせて揺れた。 「何って、舞踏会で姿が見えなかったからさ。」 彼の切れ長の眼が一連の動作を追う。 姿勢を変えて椅子の背に凭れ、組み直される長ったらしい脚。 曇りなく磨かれた革靴に、小さくフンと嘲笑が漏れた。 『…わざわざ舞踏会の華、ティキ・ミック卿にお越し頂かなくても。』 銀のティスプーンで一度だけゆらゆらと揺蕩う琥珀をなぞる様に混ぜて口を付けた。 一杯目よりも濃くて苦くて渋い。 けれど、アタシはこの二杯目の方が好きだったりする。 「一曲お相手願いたかったんですよ、Miss,●●。」 襟に付けたタイを片手で器用に外しながら、嫌味たっぷりの言葉にもにんまりと笑ってみせる。 はめていたドレスグローブを歯で噛んで脱ぎ捨てる。 行儀の悪いその行動に眉を顰めれば、ごめんちょ、と巫山戯る。 ホント相変わらず憎たらしい男だ。 「あぁ、そうだ。」 そう言いながら、胸ポケットに手を突っ込んで、どう考えても質量的に入る筈の無いサイズのギフトボックスを取り出した。 でもそんなことはどうでも良い事。 毒々しいまでに紅いリボンが付いたソレをテーブルの上に置く。 “本日のプレゼントだ”と言う。 『趣味の悪いリボンね。』 「まぁ、そう言うなって。」 指先で摘みあげながらそのリボンを解いていく。 机の上にドレープを描きながら広がる紅に再度、悪趣味、と呟いた。 ラッピングを解いて出てきたケースを開ける。 箱の底に敷かれた赤のベルベットの布。 その上にサテンで作られた手袋。 口の部分には繊細なレースがあしらわれ、甲には宝石と刺繍が施されている。 またこんなものを、とティキを見ながら溜息を一つ。 『…手袋はショート丈の方が好き。』 「●●ならロングも似合うさ。」 いつだってそう。 アタシの好みなんて聞きやしない。 この男は自分の好みでアタシを染めたいのだ。 前にも確か手袋の話をした気がする。 手首に大ぶりのフリルが付いたレース地のものが好きだと言った。 ショートの方が可愛くて好きだと言った。 ああ、そう言えば、ドレスも夜会靴もバックもアクセサリーの話もした。 高いヒールは苦手だ。 ドレスはパニエで膨らませたふわふわのモノが好きだ。 アクセサリーは小ぶりのもので良い。 その代りにたくさんフリルの付いた服を着たいと。 ソレをティキは軽く聞き流して、高いヒールの夜会靴を贈ってきた。 歩き難いと言えば、手を引いてあげるよと。 デコルテが強調されるどちらかと言えばスレンダーなドレスを贈ってきた。 ソレに合う大きな宝石がたくさんついたネックレスを贈ってきた。 そしてロングの手袋を。 レース地ではないシルクサテンのモノを。 思い出すだけで腹が立つ。 ティキ・ミックと言う男はこんなもんだ。 夜会の華などと持て囃されているけれど、中身は自分の好みを人に押し付ける様なそんな男だ。 千年伯爵から頼まれなければ、ティキなんて。 「紅茶もらうよ。」 『あ!もう、何勝手に砂糖を入れて、』 気付いた時にはもう遅い。 ちゃぷんと跳ねた水面に、ゆっくりと形を崩していく角砂糖。 崩れて溶けて混ざり合って。 「全て●●に似合うと思って選んだんだ。●●の為にね。」 『…そんな事言って機嫌とっても意味ないから。』 「そう?」 そんな風には見えないけれど。 そう言ってティキの褐色の長い指がアタシの顎に手を添わせて、ティキと目線が合うように向ける。 琥珀の様な猫の様な金色の眼がアタシを捕らえる。 そう、もう遅い。 もう●●と言う人格はティキに侵されてしまっている。 もう崩れて溶けて。 ティキの好みと混ざり合って。 嫌いだった紅ももう気にならない。 フリルが付いてなくても、少しくらい高いヒールでも。 賑やかすぎる夜会に立って、ティキと一曲踊るくらい出来るようになっていた。 「コレ、美味いだろ。貴重なんだぜ。」 この間立ち寄った街で取り扱ってる店を偶然見つけたんだ、なんて。 香りや味を楽しんでいるのかは微塵も感じさせずに、ぐびぐびと飲み干した。 アタシが好きな二杯目だということを知っていてだ。 『これで最後の茶葉だったのに。』 「なぁに、またすぐに買ってきてやるさ。●●の為に。」 このティキ・ミックと言う男との共通点があるとするならば、好物である紅茶の趣味が合うと言うところ。 だから、少しぐらいのずれも許してあげよう。 その代り、最高級の茶葉を手に入れてこなければ、相手など絶対にしない。 迎えに来なければ行ってあげない。 手を引いてくれなければ歩いてやらない。 貴方の色に染まってあげるから、アタシ以外を見るのなんて許さない。 ティキの聲がアタシの名前を呼ぶ。 この癖のある聲が唯一、気に入っているのだから。 End 20120617 キーモンと言う紅茶をネタに書いてみました。 久し振りにティキ書いたら口調がいまいち掴めなかったのですが、好き勝手動くイメージで書きました。 ティキものすごく好きです。 黒も白も。 ←一覧へ |