▼April










サヨナラ。
いつかは来るかもしれない。
季節はそれでも巡り巡ってく。
小さく迷っても歩いてく。
君と歩いてく。
それだけは変わらないでいようね。










April










『…え、何、て?』




いつもおどけながら話す君の聲が、上手く聞き取れなかったのはこれが初めて。
どんな雑踏の中でだって、一字一句逃さずに届いていた筈。



日が暮れて数時間経った、静かな談話室。
他には誰もいない。
ココアが入ったマグカップと、ふかふかのブランケットを持ち寄って、暖炉前のソファーに凭れかかるように床に寄り添って。

ラビが持ってきたブランケットは二人の肩の上。
アタシが持ってきたブランケットは二人の膝の上。

ラビがいつも付けているバンダナは首にかけて、団服のコートは脱いで黒いTシャツを着て。
その横に座るアタシも着過ぎた草臥れた白衣を部屋に置いてきて、いつかぶりに着た私服姿。
ラフな格好をしたラビは今日もオフだった。
アタシも珍しく数時間だけ、休憩を貰えた。


徹夜が続き、心身共に白衣の様に草臥れていた筈なのに、少し時間を作ってと誘われた瞬間睡魔は何処かに消え去った。


背の高いラビの肩に頭を乗せて、そんなアタシの髪に優しく唇を落す。
くすぐったくって、心地良い。
暖かいのは暖炉の所為じゃないって、ソレだけは確実に解ってた。

重ねて絡めた指から、ラビの少しホカホカとした温度が伝わる。
シャワーを浴びてきからと、少し湿った紅い髪に残る水滴を投げ出していたタオルで拭いてやった。
風邪引くよと言えば、わざとさ、と悪戯に笑った。


いつかぶりにラビの香りと、ラビの温度と、ラビの聲だけに溺れる時間。


幸せだと感じていた。
でも、ゆっくりとでも確実に終わりの時は来ていた。

違和感を覚えてはいたけれど、触れずに居たのに。


相変わらずの科学班のメンバーの話や、ラビの任務の話。
アレンやリナリー達と街に出た話、神田と喧嘩をした話。
ブックマンに怒られた話、ジェリーの新作メニューの話。

ゆっくりと話す時間が此処の所取れなかったので、他愛のない話を沢山した。

そして訪れた沈黙。
ソレも心地良かった、のに。




「此処を出て行く。」

『…どうして、』

「もう、決まったんさ。」




キュッと、手に力を入れて、話すラビ。
弾かれる様に彼から離れて、その顔を見上げても、交わらない視線。
唇を噛み締めて、少しだけ震わせて。


違和感は在った。


任務に就かない日、彼はコートを着ない。
髪も下ろしている事が多い。
バンダナは首にかけていて。
それでもイノセンスである槌は彼の右足に在ったのに。

ソレが今日は無かった。

談話室に入って来た時からその事には気付いていたけれど、何故か嫌な予感がしていた。




『…いつ?』

「明後日。」




くしゃくしゃって紅い髪を掻き毟って、そのままTシャツの胸元を握り締めた。

体温が一気に下がる気がした。
頭が真っ白で、身体中を流れる血液が引いていって、聲が出なくて唇は何度か開閉を繰り返した。


アタシの全てがラビだった。
出逢ってまだ二年だけれど、その二年の間にアタシの中を占める彼の割合はどんどん大きくなっていた。

朝、“おはよう”と科学班フロアに顔を出して、任務に行く時は“いってきます”と。
教団に帰ってきたら一番に来てくれて“ただいま”と無事を知らせてくれて。
オフの日はリナリーについてきて、お揃いで買ったマグカップに珈琲を淹れてくれたり、研究に没頭している時は“一息つこうよ”って軽食を運んでくれたり。

こうやって二人だけの時間には、●●、●●と耳を擽る低い聲に、髪や頬を撫でてくれる優しい指。
ブックマンと言う事、いつかは此処を出て行く事を、初めて逢った時に教えてくれたのに。
いつの間にかラビはずっと側に居てくれると勘違いをしていた。




「●●…っ、」




微動だにしないアタシの顔を覗き込んだ隻眼と目が合えば、一際大きく見開いた。
名前と、一瞬だけ息をのむ聲にならない聲が聞こえた。




「…●●、泣いてくれるんさ?」

『…?ぁ、』




袖口で頬を撫でられて、やっと自分の頬が濡れている事に気付いた。
喉が渇いて聲が上手く出ないし、身体中が心臓になった様に煩い雑音。
力は抜けきって、腕すら上がらない。
辛うじて動く目線をラビに向ければ、少し困った笑い顔。

そんな顔をさせたいわけじゃない。
ラビを困らせたくないんだ。




「●●、嬉しいさ。」




引き寄せられた手。
バランスを崩した身体の着地点はラビの腕の中。
背中に回る腕が暖かい。
耳元に感じる聲がアタシの中に浸透していく。




「ね、キス、して良い?」

『…ぅ、ん。』




返事するが早いか、ラビの唇が触れるが早いか。
啄ばむ様に掠める様に触れるラビの唇と、初めて交わすキス。

アタシも彼もこれが初めてじゃない。
なのに、酷く神聖で、何処か儀式じみていて。
目尻に溜まった水滴をそのままラビの唇が掬う。
ちゅ、と鳴るリップノイズにくらくらした。




『ラビ、…好き、でした。』

「なんで、過去形?」

『え、だって、』




アタシの腰辺りでラビが両手を組んだ所為で、少し彼との隙間が出来て。
目の前のラビを見れば顔を大きく逸らしている。




『…ラビ?』

「あーうん。」




歯切れの悪さに、先程とは違う嫌な予感がする。
腰に回していた手がラビの口元を隠して、何度か目線が泳いだ。




『え、何、どういう事。』

「やー嬉しいさ、●●が泣いてくれるなんて思わなかった!」

『…まさか!!!!』




エヘ、って片目を閉じて、舌を出すラビに、今まで芽生えた事のない殺意が沸き出てくる。
ラビの肩に置いていた手が彼のTシャツをグッと掴んだ。
あれ、力入んなかったんじゃなかったっけって自分でも驚く程、関節は白くなって、今度は血液も体温も頭に上って行く。




『有り得ない、ホント、マジで、無い。何でそんな事するわけ。』

「やー今日を有効に使おうと思って。エイプリルフール、さ!」




知ってた?なんて、徹夜続きで今が朝なのか昼なのか夜なのかも解らないアタシが、日付なんてものを把握している筈もない。
エイプリルフールなんて、正直どうでも良いイベントなわけで。




『帰る。無駄な時間を費やした。寝てれば良かった。』

「あーそういう事言っちゃう!?」

『言って良い事と悪い事が、』

「嫌だった?」

『…っ、』

「嫌だったさ?」




少し聲を低くして、首を傾げて、俯いたアタシの顔を覗き込んで。
卑怯なくらい、耳障りの良い聲で。




『…ぅん。』

「ゴメン。もう絶対言わない。悪すぎる冗談だったさ。」




額と額が触れて、鼻と鼻が掠めて、柔らかな唇が何度もアタシのソレを塞いだ。

嫌に決まってる。
今、ソレを再確認した。
彼が居なくなってしまったら、きっとアタシは立ち上がれない。
太陽のようにアタシを照らすラビが息が出来なくなる程、好きなんだ。




「●●、オレの側にずっといてよ。」

『っ、…そんなこと言って、さ、』

「あ、信じらんねェ?」




アタシの左手の薬指にまた、小さなリップノイズを落としながら、まるでプロポーズのような言葉をくれた。

きっとブックマンは許さない。
そして、いつかは行ってしまうんでしょう?
これもまたエープリルフールなんでしょう?

戸惑いと不安でいっぱいの胸の内を笑い飛ばすように、●●って呼んで、ラビの指が壁を指した。




「もう嘘は付かねェ。」




短針がほぼ真上を指して、長針が少し傾いて。
今日はもうエイプリルフールじゃない。




「●●と共に生きてく。」




ずっと二人で歩いていこう。

必ず約束するからと真っ直ぐ見詰めるラビにきつく抱き付いた。









End

20120401

「Let it out」を聞きながら過ごしたエイプリルフールだったので。
ちょっと終わり方が迷子…。
PCから携帯に切り替えた部分が自分でははっきり解るくらい、キーボードって打ちやすいんだなと思った話でした。

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