▼夜明け










「探したさ、●●」









慣れ親しんだ場所から教団を移動して、初めての年越し。


前までは神田がよく鍛練している森の奥の特等席の、
一番に朝日が見える木の上で漆黒から明けていく空を見ていた。

年越しパーティーと称して呑んだくれる科学班や非番のエクソシスト、そして教団を支える他部所の人達で賑わう食堂から抜け出して、
風の音、鳥達の囀り、木々の騒めきを聞いた。


教団に来るまでは山に囲まれた小さな農村にいた。
たぶん、きっと。
そのせいで人々の賑よりも自然に囲まれた空間の方が落ち着くのだと思う。


此処は森が無いから寂しい。
漸く辿り着いた東塔の屋根の上では、彼方で鳥のシルエットが確認出来る程度。
あとは、水の音がする位か。

日付を越して数時間。
藍色の闇の中、目を閉じてその音を噛み締めていた。





『ラビ、抜けて来たの?』

「まぁな」





イノセンスである鉄鎚の柄の部分を伸ばして、この場所まで到達したのはブックマンJr.。
一度コレに乗せて貰った事があるが…二度目は無いと思っている。
この技を多用する彼の気がしれない。
アレンももう乗りたくないと漏らしていた。

寒くねェの?と言いながら二の腕を擦るラビの服装がいつもと違う。





『何、その格好』

「ユウもアレンも着てるぜ!似合うっしょ!」





袖の中に掌を隠し、長い袂をひょいひょいと上げてポーズを決めるラビ。
確か昔、リナリーが教えてくれた服に似ている。
彼女の祖国の近くに位置する東の小さな国の事。





『…ソレ、歪んでるよ』

「え!?」





知識がなくてもどう考えてもおかしい。
腰にぐるぐると巻き付けられたベルトのような紐の先を幾重にも結んでいてとても不格好だ。
襟の部分もかなりズレて乱れている様に見える。





『何でそうなった(笑)』

「わかんねェ(笑)」





隻眼を細めてガシガシと後頭部を掻く彼の襟を正し、ベルトを取り敢えずリボンの様に結ってみた。
正しくはないと思うが、幾分マシだと思う。





『リナリー辺りに見て貰えば良かったのに』





“相当変だったよ”と言えば、ポンポンと頭を撫でられる。
彼の癖だ。
ラビよりも頭一つ分程低いアタシの事を犬か何かと思っているのか。
何かあれば直ぐに頭を撫でる。





「●●に一番に見せたかったんさ」

『…っな、』





ヘヘへと笑いながらしゃがみ込んだラビに手を引かれ、彼の隣に腰を下ろす。
飄々と放たれる言葉に聞いているこっちが恥ずかしくなる。
“何言ってんの”と赤髪を叩いてやった。


自分のテリトリーに誰も寄せ付けない癖に、人のソレには容易に踏み込んでくる。
ラビの、癖だ。

時折、垣間見せる知らない彼は、
酷くもどかしい。
遠くを眺める横顔はいつの間にか大人びていて、知らない誰かの様だ。

アタシが知るラビは、彼のほんの一部分だと思う。

知ってか知らずしてか、ソレを楽しんでいる様にも感じる。
考えすぎなのかもしれないけれど。





『ずるいね』

「え?何?」

『何でも無い。明るくなってきたよ』




小さく呟いた聲は有難い事に彼には届かなかったようだ。

山の向こう、薄雲の向こう、その隙間から微かに射し込むオレンジに向く様促した。
まだ太陽は顔を出してはいないものの、辺りが薄いオレンジ色に染まり出してきている。

ゆっくりと明けて行く空と、風と水の音。

こんな穏やかな気持ちで空を見上げる事も出来なくなる。

もうあと何時間かすれば任務に出発する時間だ。





『新年一発目はペルーに行ってくるよ』

「オレはベルギー」





冷え切った指先に息を吐く。

いつも、思う。
エクソシストになってから常にギリギリのところで生きている。
この任務が最後の任務になってしまったら。
この任務から戻れなかったら。

こうやって肩を並べる事も、隣にいる事も、出来なくなる。

そう考えたら少し怖い。

特別な関係ではないが、怖い。


そう思うアタシは多分、ラビの事が特別なんだろう。





「●●、あのさ、」

『気を付けてね、ラビ』





ただ彼の特別になってはいけない。
ブックマンはいつも傍観者。
特別になる事は出来ないし、なってはいけない。



オレンジ色の太陽の頭が見えた。
一日が始まる。

エクソシストの自分が始まる。





『お土産はベルギー産のチョコレートで良いからね』





一言そう言い放って、屋根をトンと蹴って飛び出した。
意識を集中させてイノセンスを発動させ着地すれば、ジャリっと地面が鳴る。





「●●!チョコ、山盛り買ってくるさ!」





上から降って来る聲の主が手を振る。
その太陽の様な赤髪に手を振り返せば、隻眼が細められた。

この想いを彼に打ち明ける時はきっと、この戦いが終わる時。
それまではゆっくりと胸の中で秘めていても悪くは無い。

それが必ず勝って帰ると言う、強さになるのだから。





end

20120109

2012年D灰夢一発目でした。
少し遅くなった年越しネタで申し訳ありません。
新刊はいつ発売されるのかとホント冷や冷やしながら過ぎた年末。
本誌を買っていない所為もあるんですが。
今年も宜しくお願い致します。


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