▼ヘリオトロープ












声を上げて
君にさ、届いて











「ヘリオトロープ」












何処にいるかも、
何て名乗っているかも、
隣にアタシの知らない誰かがいるのかも、


解らないし、
解る必要は、ない。






だって彼は全てを置いて消えた人。







冷たいシーツの上、
少し裾が解れた団服とバンダナ。

床には散乱したままの本や新聞。

唯一綺麗にされていた机の上には
ブックマンと彼のイノセンス。


此処へ来た時、着用していた服だけが無くなっていて。






教団で出逢ったもの全て、
もう必要ないと言うかのように。
静かに置かれていた。













皆が集まる談話室。

他愛の無い話で盛り上がっていたはずで。
隣にはリナリー、向かいにはアレンやラビや神田。

こんな時間が長く続くと思っていた。





「いつか次の記録地に行くときは、」



そんなことを思い出したかのように、
言い聞かすように呟いていた気がする。





その度、アタシは耳を塞いだ。






その時が来る、なんて。
思いたくもないし、
聞きたくもなかった。



ソレがこんなにも呆気ないモノか。




不思議と涙は出なかった。



だって、アタシも教団で出逢ったもの。
去る彼には不要なモノだったんだ。


何処かでそう思ってた。








虚ろな日々の中、
あっという間に数年。

モノクロームな世界。



色が。
太陽が。
無くなった。










.

















彼と付き合っていたわけではない。


愛の言葉を吐き出したことも
彼の声で愛を囁かれたことも、ない。


ただ一度。
ほんの一時。
体温を分け合っただけ。


髪を梳く指の優しさも、
隻眼と視線が絡んだのも、
あの一回だけ。



赤く靡く髪に触れたのも一回だけ。






ソレで十分だった。



だって先はないと知っていた。
解っていたんだ。
耳を塞ぎながらも、理解していた。




あぁ、今思えばあれは彼が去る予兆だったのかもしれない。

泣きそうな切な気な眼で
譫言のようにアタシの名前を呼んでいたから。







声を上げて
君にさ、届いて

サヨナラを言うよ
















教団から離れたところに位置する、
風の集まる広場。

ヘリオトロープに囲まれた空間。

地形上様々な風が吹く。
此処なら、此処でなら。


彼に届く気がした。



一度も伝えていない、別れの言葉。





『サヨナラ。』


















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「嫌さ、折角、帰ってきたってのに。」

『…な、んで、』



広場に響くブーツの音。
これはアタシのじゃない。




また一段背が高くなって、
幼さはもう欠片もなくて。
ソレでも太陽のように赤い髪と
綺麗なグリーンの隻眼は昔のまま。

ポケットに両手を突っ込む癖もそのままで、
無意識に、近付いてくる彼の変わらない場所を探した。



「●●、」

『ラ、…っ、』



もう違う人。
アタシの知らない名前を持つ人。




「…じじぃに一人前ってゆってもらってさ、
もう一人で何処へだって行ける。」

『…じゃあ貴方もブックマン、ね。』





暖かな風が頬を撫でる。

広場の周りに咲いたヘリオトロープの華が舞った。



零れた水滴が見付からないように、
赤い髪を背にして数歩離れる。





「名前、呼んでよ。」




離れたはずなのに、
自身の腰に回る腕はアタシのモノではなくて。

筋肉質の、それでいて細く長い腕に包まれて、
彼の声が耳を擽る。





『…ブック、』

「違う。」

『っ、…ラビ、』

「うん。」





彼の腕に力が籠る。

ギュっと抱き締められる。

肩に顔を埋めたせいでくぐもった声。






ラビの香りに包まれた。





「●●、一緒に…」

『うん…っ、』



共に。


指を絡ませた手に引かれ、歩き出す。





もう貴方の居ないところには帰らない。


貴方と共に。




太陽に向かった。






20110924







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□あとがき□

心の音を聞いたら思いついた話。
超思いつきのため、微妙な気もする。。。

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