▼夜空の星














耐えきれず家を出た。




自室に籠れば
襲い来る孤独に、
絶望に飲み込まれてしまう。

静かな小さな、
世界の終わりのような町。

此処へ来て何日経ったか、
そんな事どうだって良かった。




陽が傾いてから数時間。
辺りは既に暗く、
人の姿は見えない。

町外れにある河の畔を
宛もなく一人彷徨った。








もうすぐ雨が降るのか
水分を含んだ風が吹く。





空を見上げれば
漆黒の天蓋に
灰色の雲のカーテン。
僅かな雲間から覗く淡い月明かり。







いつだったか、
貴方と見た
デネブもアルタイルもベガも。



一際輝く星なのに
今は何も見えない。






貴方の髪に似た黒は
辺り一面同じ色に染め上げ
アタシを一歩も動けなくした。

どうせ進んでも仕方は無いのだけれど。
その先に貴方は居ない。







今はもう聞こえない
アタシの名前を呼ぶ
低く甘い声。




眩暈がする位
大好きでした。















.























ーーー●●。



幻聴が耳を優しく愛撫する。







神の結晶を取り上げられてから
アタシの道は行き止まり。

どうせならこの身も
壊してくれれば
良かったのに。




薄く笑う
ティキ・ミックは
アタシに生き地獄を見せた。




泣くことすら許されない
枯れた声。

枯れた喉。






もう歌えないの。
誰も救えない。

自分さえも。






ーーー●●。





聞こえる筈がない
貴方の声に溺れる。



もう逢えないの。
アタシは歌えない。


貴方の隣で戦う事すら
許されない。





もう資格は奪われたのだから。















.

















ーーー俺が、不要か?


教団を去る時聞いた、
最後の声。


そんな筈がない。
不要なのは、アタシ。





コートを脱ぎ捨てたのに
有る筈の無い左胸のクロスが
心臓を抉るような気がした。




水分を含んだ風が
身体に突き刺さる。
僅かな月明かりさえ
隠されてしまった。


目が開けられない。
前が見えない。









行く宛なんて、無い。







ーーー●●。







もう呼ばないで。

触れる事さえ許されないのだから。



隣に居る事さえ。













“ユウ”





ぱくぱくと動く唇からは
声、とは言いがたい
枯れた音を発し
更なる絶望へアタシを誘う。





現れた幻覚に伸ばせば
空を切る手。



嘲笑うかの様に
騒めく木々の音。








“大好き、でした”











瞼の裏に焼き付けた貴方に
最後の愛の告白。





切れ長の目。
薄い唇。
通った鼻筋。
不貞腐れた顔。



骨ばった大きな手。
細くて大きな背中。



アタシを抱き締める腕。








全部全部、大好きでした。






風に溶け込む自分の絶望。



無情にも大きく吹いた風だけが
はっきりと聞こえた。






























「過去形、かよ。」





背中に感じる体温と、
耳元で聞こえるテノールと、
ウエストに廻された腕は
此所に居る筈の無い貴方の物。





“…ユウ、”






どうにか吐き出した
声になら無い声。

届く筈がない。




アタシの音はもう無いのだから。






回る腕の力が
籠った。





「…行くな、」





初めて聞いた、
神田の弱気な声。





「探した」





視界が揺れた。





“歌え、ないの”


「必要ねェ」




堪えきれない涙が頬伝う。




“アタシっ、”


「●●」





あぁ、
アタシを呼ぶ、
神田の声だ。










「戻ってこい、●●。」





酷く甘い声の雨。






堪らず振り向けば
背中に回る腕。

顔が神田の肩に埋もれる。

神田の肩を濡らしながら
彼の香りを鼻孔に広がらせた。

何よりも気持ちを落ち着かせるソレ。









そっと身体を離せば
頬を包む大きな手。

いつぶりだろうか、
貴方と視線が絡むのは。

優しい切れ長の目。





“っ、ユウ…”


「大丈夫だ」









眩暈がする程、大好き。



神田の背中に思いっきり腕を回した。



たった一言。



アタシを救うのは貴方。
アタシの行く先も貴方。

足下を照らすのも貴方。







喉に触れる優しい口付け。





「大丈夫」






一瞬で世界に色が付いた。
この鮮やかな世界に居させて。




いつの間にか厚い雲は去って、
満天の星空には夏の大三角形が
一際輝いていた。














end
.




□あとがき□

悪いやつ、ティキ・ミック!
なんか天気の悪い空を見てたら、
かなり不安定な話が書きたくなって。

かなり分かりにくいですが
ヒロインのイノセンスは喉に寄生してました。



流れがイマイチ気に食わない。




最後までお付き合いありがとうございます。




20110906

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