▼猫 まるで猫のようだと思った。 『ラビー、一緒にご飯いこ!』 『ラビ!任務でね、』 『ラビ、怪我したって聞いたけど…』 ●●の中でオレは何番目か、 そう言うことは一切気にしないことにした。 ラビ、ラビ、ラビ。 甘ったるいソプラノの声で何度も名前を呼ぶ。 でも彼女にしたら、コレはさして重要ではない。 『あ、神田―!鍛練付き合って!』 『アレン、アタシのプリンあげるー。』 『リナ、今日街に買い物行こう?』 『リーバー!飲み物いれてあげる!』 小さな赤い唇はオレ以外の名前も容易に吐き出し、 オレ以外にもその可愛らしい笑顔を向ける。 まるでじゃれるかの様に。 …機嫌が良ければ、ね。 機嫌が悪いときの彼女は猫そのもの。 少しでも構うと爪を立てて引っ掻いてくる。 言葉の爪と、指先の爪両方で。 特に朝、寝起きが一番最悪で、 以前、共に任務に向かうはずの彼女が部屋から出てこなかった。 年頃の女の子、と言うこともあり リナリーに付き添ってもらいながら彼女の部屋を訪れたんだが…。 数分後には右手に赤く滲む痛々しい三本線が入り、 任務出発は二時間も送らせる羽目になった。 この時から彼女の任務出発は決まって昼以降。 爪の被害者がオレだけじゃ無かったからだ。 . 神田ユウと同じ日本人の●●は イノセンスに適合して約二年半。 俺達よりも少しだけ早く教団に在を置き、 まさかのソカロ元帥を師事していた。 ソカロ元帥と言えば少々有名で、簡単に言えば…好戦的? 戦いを好み、血を好む。 そんな彼に当事15歳になったばかりの彼女が弟子となり、 三ヶ月もの間、各地を転々とした。 コレが彼女のスゴいところ。 手綱を取ったのだ、ソカロ元帥の。 どうやら上手く彼をコントロールした●●は 元帥の一番のお気に入りになり、 彼が教団に帰還した際は必ずと言って良いほど食事を共にしている。 ソカロ元帥に直接確認した奴は居ないが、 彼にも爪は立てられたらしい。 噂は噂でしか無いのだけど。 彼女と行動を共にするオレらには特に爪の被害が多く、 …その中でもオレが一番被害にあっていると言っても過言ではない。 しかし機嫌の良い時は、擦り寄るかの様にじゃれてくるから憎めない。 オマケに眉目秀麗と言うオプション付き。 そうなるとこの爪も可愛いモノになり、 引っ掛かれても動じなくなってしまった。 甘いな、と思う自分は所詮彼女に惚れているのだ。 . 『なぁに、ラビ』 すこぶる機嫌が良いのだろう、隣に座って足ブラブラさせている。 手にはジェリーに作ってもらったドーナッツが握られ、 食べる?なんて言いながら一つ差し出された。 「猫、みたいだなって思ってさ」 『…何処がぁ。』 思わず考えていたソレを口にしてしまい、 訝しげな表情を向けられる。 あり得ない、そう言いながら運ばれるドーナッツ。 パラパラと落ち、口元を汚すソレが眼に入り、 不意に手が伸びてしまった。 その手を嫌がるでもなく、軽く瞳を閉じて受け入れる彼女に いつ頃からか抱いていた気持ちが疼き出す。 いやいや、コレくらいで気を良くしてはいけない。 だって彼女は気紛れな、猫なんだから。 『…猫、ねぇ。確かにそうかもね。』 「自覚有りさ?」 『…噛み続ける人には理由、有るんだよ。』 小さく呟きながらドーナッツを持っていた手を軽く叩き、 椅子から降りて早足で部屋を出ていった。 “噛む”そう表現されて、ふと以前読んだ図鑑の内容を思い出した。 猫の習性。猫の性格。 猫に関する記述。 とたんに頬に熱が集まるのを感じ、 緩む口元を隠さずには居られなかった。 不意に抱えた我が赤毛をガシガシとかき回し、 出ていった小さな身体を弾かれる様に追えば、 真っ赤に染まる頬で部屋の前にいた●●。 『…ばかラビっ、』 甘ったるいソプラノの声で呼ばれる名前。 ラビ、ラビ、ラビ。 漸く気付いた甘噛みの意味。 立てていたのは爪ではなく親愛の証。 猫のような性格の●●を 受け止め続けたオレに向けられた最大の愛情だったのだ。 「好きさ、●●」 少し涙ぐみながら見上げてくる彼女の腕を引き、 背の低い●●に目線を合わせる様少し屈む。 愛情を言の葉にし彼女に送り出せば、聞こえる鳴き声。 『すき』 大きな瞳を細め、向けられた愛らしい笑顔。 零れ落ちた涙に口付ける。 小さな黒猫と恋に、落ちた。 end . □あとがき□ 猫は親愛の証に両目でウインクするらしい。 引っ掛かれても逃げない避けない怒らない、らしい。 と言う情報によって出来上がりました。 最近友達が猫を飼い始めたので調べてみた。 自分は飼ってませんが、 猫の自由さは好きです。 20110821 . ←一覧へ |