▼君と交わした小さな約束












「おい、●●は何処だ。」

「書庫で資料を探していたわよ?」








彼、神田ユウが●●と言う少女を探す光景はそう珍しくない。




教団トップレベルの強さと、任務遂行確率からして
他のエクソシストよりも出番の多い彼。
そんな彼が任務に行く日は決まって彼女の元を訪れるからだ。












●●とは教団に居る科学班の一人で、
班長すら苦戦する難解な数式も、十代にも関わらず解いてしまう。
その頭脳を買われ、なんと12歳から此処で仕事をしている。




家は代々サポーターとして教団に貢献しており、
二言返事で彼女を入団させた。

●●も嫌がらず、自分の使命、と言わんばかりに
日々過酷な労働を受け入れている。








ソレは入団してすぐに出会った神田ユウと、リナリー・リーの為に。
二人の負担を少しでも少なく。
そう決めたからだ。

































書庫訪れると、不釣り合いな大きさの白衣に身を纏い、
本の山から顔を覗かせる一人の少女。

●●だ。

煉瓦色の髪を頭の上でお団子にし、
茶色の瞳には経年のせいで悪くなってしまったのであろう、
黒縁の眼鏡が掛けられている。















「●●。」

『あ、神田ぁ!』




名前を呼ぶと駆けてくる彼女。

同い年の割にリナリーよりも小さく細い身体は、
毎日日の当たらない不健康な生活を送っているせいか。









袖口を何度も折り返し、
長さを調節したソレから見える細腕に抱き抱えられた分厚い本。
ソレを一瞥し、




「直に、出る」

『え、もう?此処じゃぁ無理だから…』

「アレ!?ユウ!!!」




時計を見上げ、白衣のポケットをごそごそしている彼女の後ろ、
積み上げられた本の山を這い出してくる赤毛。

許可していないソレで呼ぶ彼に、
愛刀を首筋に当てると言う返事を返した。









「すみませんすみませんすみませんんんー!」

『はいはい、六幻を戻して。部屋行くよー?』

「へ!?部屋!?」





どういうことさ!とラビットボーイが騒ぎ立てるのは
彼がまだ此処に来て二週間弱。
これは始めて見る光景だったらしい。






しかし僅か二週間弱で神田ユウという人物像は把握して居るようで
あのユウが!?と驚きの表情を浮かべている。



『ごめん、ラビ!ちょっと抜ける!』

「え?え?」



無言で部屋を後にする神田を眼で追い、
彼を待たせると機嫌が宜しくないと察知し、
手にしていた本をラビに預けて書庫を後にした。






































何度か来たことのある●●の部屋は自分の部屋と違い、
暖かな陽射しの入る部屋だ。
ベッドとクローゼットとキャビネット、そして本棚もあり、
窓の横に置かれた簡易机の横には椅子が三脚。




これはよく入り浸るリナリーが
彼女の了承を得て置いたものだ。


そのうちのひとつに腰かける。
此処が定位置となっていた。

机の横にある格子窓からうす暗く、今にも泣き出しそうな空を見上げ、
これから向かわなければならない任務に溜め息を吐く。








『“高めの位置で良いよね”』

「“あぁ、ソレで良い”」




キャビネットの中から鏡と櫛を持った彼女が
いつも通りの言葉を言い、
いつも通りの言葉を返す。

これがオレと●●のゲン担ぎ。










髪を梳く指先が自分の体温より低くて心地良い。
長く伸ばした髪が器用に纏められ、
緋色の髪紐で後頭部の高めの位置に固定される。


定番となったヘアスタイルが出来上がる。
必然的に気が引き締まった。
































出逢ってそう時が経っていない頃から、
リナリーやオレの髪を弄っていた●●。

普段だけでなく、任務に赴く際も彼女が結っていた。
他人に髪を弄らせる等、ウザったい気持ちも正直あったが
いつもソレを甘んじていた。














一度だけ、連日の徹夜に耐えきれず、
仮眠をとっていた●●を起こしてまでは、
そう思い自分で髪を結い上げ任務に向かった事があった。







初めてレベル2と対峙した時だった。









再生能力のお陰で教団に帰還する頃には大怪我は跡形もなく消えていたが、
着用していたコートが無惨にも片袖が取れ、
裾がボロボロに裂けてしまった。





コムイに報告をする為、指令室に向かう途中、
リーバー班長に連れられた●●とばったり会ったが、
オレのなりを見るなり泣き出してしまったのだ。





いつもと違ったから大怪我をしてしまったと。







それからだ。

任務に向かう前。
必ず●●と同じ会話を交わし、
●●がオレの髪を結う。





いつもと同じことを繰り返す事で
いつも通り帰還する。

















座っていた椅子から立ち上がり、
コートをきちんと着直す。

頭一つ分小さな彼女に向かい、眼を会わせた。






『いってらっしゃい!』

「あぁ」






柔らかな笑顔を向けられる。
少し口角が上がった気がした。



気休めでしかないことは重々承知だろう。
相手は年々進化していっていると言って良い程
アクマの数は増え、レベル2と戦う事が多くなった。






いつまた大怪我を負うかも知れないが、
今はこの幼馴染みとも呼べる小さな少女が
少しでも安心できるよう。
端から見ればくだらないゲン担ぎであったとしても、
付き合おうと決めたのだ。










君と交わした小さな約束は
オレの身を案じた想いがさせた事だった。


いくらでも付き合ってやる。
君がソレで安心するのなら。










君の想いを護るために。











end
.





□あとがき□


別タイトル、神田が髪を伸ばした理由
でした。

よくスポーツ選手とかスケート選手が
リンクやマウンド、会場に足を踏み入れるのは右から、
とか言うゲン担ぎを聞いたことがあったので、
ゲン担ぎネタを書いてみました。


神田が髪を他人に触らせるかは謎ですが。。。



最後までお付き合い、ありがとうございました。



20110812



←一覧へ