▼amazing grace






他人の、アタシへの評価には興味がない。



“世界的有名なオペラ歌手の、”

“母親もオーケストラで活躍している、”

“音楽一家だから付いてる先生も、”

“道理で上手いわけだ”



陰でひそひそと有ること無いこと噂されるのは
幼少の頃から慣れている。

ソレでも昔は今や顔すら覚えていない友人達に、
何とか作り出して笑顔を向けたり、
自宅に招いたりと時間を割いたり。





ある時からはソレも無駄だと解り、取り繕うことも止めたが、
アタシの不満は同級生や隣人等の周囲だけではない。



勿論家庭内にも不満は絶えない。

仕事で世界中を飛び回り、今現在どの国に居るかも解らない両親と、
高校に入るまで実質育ててくれた、厳格な祖父母。

そして腫れ物でも触るかの様に接してくる使用人。




習い事はおろか、学校も決められ、
ピアノだの、唄だの、琴だの、絵だの、勉強だの。
毎日毎日家庭教師達に追い回されて
友達と言うものと遊んだ記憶など皆無に等しい。










今まで生きてきた人生は
色が一切ついていないモノクローム。
最悪、そのものだった。












『“Amazing grace how sweet the sound
That saved a wretch like me.”』







そんなアタシがなんで早乙女学園なんて芸能専門の学校名に通い、
オカマの担任のもと、アメイジンググレイスを歌っているか。




全ては右横に座り、目線だけ此方に寄越している聖川真斗のせいだ。

親の決めた許嫁殿がこんな所に入ると言うから。
出逢ってから5年程。
未だ嘗て無い行動に奴は出た。



お堅い思考の祖父母は聖川には弱く、
気が付けばいつの間にか出された願書。

受かりたくも受かる筈もないと適当に書いた答案用紙よりも
最終面接で歌わされたアカペラ。
ソレで受かってしまい、まさかの聖川と同じクラス。



絶対音楽の道なんて進まないと思っていたのだが。












「ありがとう!とても良かったわ!」



ピンクの髪を靡かせながら、肩に手をポンと置いて
称賛の言葉をくれる女性よりも女性らしい彼は担任。

その言葉にのせてクラスメイトの拍手が響いた。



「さすが…」

「▲▲さんだしね、」






讃美歌は小頃からよく聞いているし、
親について何度も有名な歌手の公演を観に行った事もあり、
歌詞もメロディも既に頭の中。


有名なオペラ歌手の、有名なオーケストラ一員の娘なら当たり前。

音楽で誉められることなんて、無いんだ。















「●●、」

『…何』



右隣から響く低い声。
一瞥しながらソレに答える。











入学式から実は喧嘩中。
内容は全くくだらない。


一つは未だ引き摺っている音楽学校への進学。
聖川が騙したのだ、いけしゃあしゃあと。
「1年付き合え。」


二つ目は、入学式でばったり逢った神宮寺レン。
あぁ言う軟派なちゃらんぽらんな奴大嫌いだ。
『げ、レン!』
「久し振りだね、子羊ちゃん」
『マジ無理』
なんて会話を繰り広げた。


三つ目は制服。
「スカートが短い。嫁入り前が足を出すな。」
『良いでしょ、べつに。』
「ダメだ。」
▲▲家から出て口煩い人間が居なくなった環境だけは有り難いと思っていたのだが。
とりあえず暫くはタイツに落ち着いた。


その他諸々上げればきりがないが
出来れば暫く口ききたくはない。




「お前のアメイジンググレイス。久々に聞いたな。」

『…一昨年のX'mas振りね。』

「久し振りに聞いたが…、」







担任は既に教壇で音楽論を語りだし、
教室中の生徒も静かに前を向いている。

元々声の大きな方ではない彼が小さな声で、
囁いた。



『…っ!!!』


ガタンと座っていた椅子は音を奏で、
静かな教室に響き渡る。

思わず椅子から滑り落ちかけた。


「はい、静かにねー!」

『す、すみません…』

「ふ、」


右横から漏れた声に殺意が沸いたが、
ソレ以上に熱くなる頬を抑えるのが先決だ。

アタシの許嫁殿には敵わない。



色付き始めた世界の中心は、貴方。



「お前の歌声、好きだ。」



称賛よりも嬉しい言葉。











end









(決められた許嫁なのに結局は好きって言う。)

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