▼専属












『聖川君居ますか?』






この学園に足を踏み入れた回数、片手ほど。
通っている学校が姉妹校でなければ一度も来ることはなかっただろう。





オネェ系アイドルの月宮林檎が担任のAクラス。
授業が終わりたての時間と言うこともあり、
教室内には大勢の生徒がまだ居て。



こういう事は実はものすごく苦手だが、
見知らぬ顔が一斉に此方を向く中、聖川真斗と言う生徒を探した。




ざわつく教室内。
此方を見る目は少々冷ややか。




ええ、どうせアイドルコースの足元にも及ばない一般人です。
課題に追われて身なりは二の次。
一に課題、二に睡眠。


そんな自分がアイドルコースの居るクラスに訪れたもんだから
少々の騒ぎになることは用意に想像がついた。



「はい」



カタンと音をたてて椅子から立ち上がり、此方に向かってくる少年。

目元にあるホクロがポイントだから、と教えられた通り、
彼の右目下には色っぽいホクロがひとつ鎮座している。




『聖川 真斗君?姉妹校三年の▲▲ ●●です。
林檎先生に頼まれて来たんだけど、時間有りますか?』

「…はい、…?」



頭の中が疑問符だらけなのだろう。
少し首を傾げて、頷いた。

さすがアイドルコース。
美形ってだけでなく、髪もサラサラ!
超キューティクルあんじゃん!


『そんなに時間取らせないから』


そう言って未だに首を傾げて居る聖川君と共に保健室へ向かった。









.








『チェスト幅と、肩幅と…あ、腕軽く曲げて。…袖丈も伸びてるね。』

「…」

『ごめんね、女で。ヤだよね。
メンズコースで空いてるのアタシだけだったんだ。』

「…いえ。」



メジャーを彼、聖川君の身体に当てて、示された数字を持ってきた採寸表に書き込む。

隣には入学前に採寸され記載されたであろう数字が書かれ、
数ヵ月で明らかに伸びた身長と大きくなった身体には、
今のサイズの制服では合っている等とても言えない。



『聖川君、ジャケットきつかったんじゃない?
パンツの裾は…裾直しで何とかって感じ?』

「はぁ、」








彼の成長に気付いたのは担任の林檎先生。
校長を通して姉妹校のファッション学科、メンズコースの先生に依頼が入った。



こういう事は珍しい。

三年間通うファッション学科と違い、アイドルコースは一年で卒業だ。

体格が変わったとしてもしれているし、
どうせ一年しか着ない物達だ。





しかし彼、聖川真斗は例外。



正確なデータが必要と言われた事、
まだあと半年以上あると言う現状、
急激に身長が伸びたと言う事もあり採寸をする必要があったのだ。



『身長5センチも伸びたの!?』

「…牛乳を飲むようになったので。」



牛乳…。
成長期でもあるまいし、牛乳を飲んだだけで5センチも急に伸びるだろうか…。

だとしたら160センチを切った低い身長がコンプレックスなアタシも飲むべきか。


二つ年下だと言うのに180センチを越えているとは。

天は二物を与えないと言うが、十分不公平なんじゃないかと思う。









『あと半年位だけど制服作り直しで良い?
ソレなら発注しておくけど?』



指示書を書くと言う課題が発生するので些か面倒ではあるのだが、まぁこれも勉強のうちか。



「はい、大変御手数お掛けして…」

『良いよ、経験多いと実力付くし!』

「実力、ですか。」




採寸表に記入漏れはないか確認しながら、肩にかけていたメジャーを小さく畳んでポケットに入れる。

頭一個分ほど高い位置にある整った顔に、気にしないでと笑顔を向けた。



腕を組んでる格好も様になる。

アイドル、なんて縁の遠い存在。

一瞬の非日常。




身なりに気を配ろうかなんて一瞬でも思った自分に少し笑えた。

ファッションを勉強していると言えど、卒業するまでは何よりも課題が優先だ。





『じゃあ、これで出しておくから。お疲れ様でした!』




「…●●先輩。」

『え?』



不意に名前を呼ばれ、保健室を後にしようとドアへ向けた足を止める。
声を発した人物の方へ振り向けば、
少し骨ばった長い指が此方に伸ばされ。

わ、わ、なんて思わずドキンと鳴った胸に、
無意識に閉じた目。



「髪が。」

『ひ、ひ、聖川君、』



聖川君の指が耳元を掠めた。

するりと乱れた髪を梳く。



採寸されている時とうって変わり、
薄い唇が弧を描いて少し目が細められている。



梳かれる髪が、触れられた所が、
ドクドクと脈打ち、頬が一気に熱くなる。




「有り難うございました」

『っ、ど、どういたしまして…』



ダメだ、この声。
脳の奥、身体の芯。
浸透していく低い声。

甘く響く。



「頑張ってください。」




ポンと頭に感じたものが聖川君の掌と気付いたのは、
彼が部屋から立ち去った後。


そして、まさか卒業課題で彼の(彼等の)衣装を手掛けることも、
その後幾度もその仕事が回ってくる等。




この時のアタシは知るよしもなかった。





(専属でお願いします。)
(急降下で堕ちた恋)


20110928

end






スイッチが入った聖川はSだと思います。
CDジャケットの顔がそんな感じだった。

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