▼20120314





早乙女学園へ来て得られたもの。
それは大きく言えば3つ。
技術と、知識と、大切な仲間。

とは言え、そのうちの1つ。
ただ今現在その“大切な仲間”達から全力で逃げているから、大変困ってるんだけど。
















事の始まりは、先日レコーディングした曲を聞き、変更の必要がある箇所はないかと聞いていた時。


イヤホンと音楽プレイヤーと、そして楽譜。
後は熱中するあまり摂り忘れていたお昼御飯を持って。
構内にある噴水の前の煉瓦で作られた段差に腰を下ろしていた。

今日は授業らしい授業は午前中だけだったので、数時間前に買った昼御飯を思い出したように胃に納めた。

春が近付いているのか今週に入ってぐんと寒さがマシになり、噴水から永続的に聞こえる水音が穏やかな気持ちにしてくれるから、人が少ないときは此処に足を運ぶ事にしている。


卒業オーディションが近い所為か、生徒達の無邪気な笑い声は聞こえない。
以前は昨日見たテレビの話や、帰りに何処か寄り道をしないかなんて聲が飛び交っていたんだけど。

きっと皆必死に曲と向き合っているのだろう。

斯く言うアタシのパートナー様も暇があればレコーディングルームに籠って、自分の歌声と向き合っては調整を繰り返していた。


もうあと数日しかない。
今さら手直しなんて、悪足掻きも良いとこ。


ハァと無意識に出た溜め息を飲み込むように冷たくなったお茶をを飲み干した。


実際オーディションで歌うのはパートナー。
当日は何にも役になんて立てない。
自分は裏で待っているしかなくて。

だからこそ、何処か。
彼の魅力をもっと表現出来るところはないか。
取り零していないかって、気が気じゃない。


オーディションで勝たなければ、意味がない。


と、まぁこんな感じで悶々としながらも、平日の午後を過ごしていたわけです。












「●●、こんな所に居たのかい」

『あ、レン。此処は静かだからね』

「隣、良いかい?」



ポケットに手を突っ込んで歩いてきたレンの目線が示したソコに、これでもかって位広げていた楽譜を纏めながら、“どうぞ”と促す。

橙色の長く伸ばした髪を無造作に結わえている辺り、彼も練習に集中していたんだろう。
いつもと変わらず飄々とした顔に微かな疲労の色が伺えた。



「はい。一服しようよ。ココア、好きでしょ?」

『ありがと』



根を詰めて集中しすぎた所為で少し頭が痛いし、飲み物ももう無い。
なんてタイミングの良い男だ。
しかも缶の上部についているプルを空けて、“熱いからね”と言いながら寄越す。



「こんなのでごめんね」



ジョージにアフタヌーンティーセットでも用意させようかと思ったんだけど。
そう言いながら笑うレンから、そのココアを受け取って口を付ける。



『一般市民はこれで十分なんだよ』

「あはは、そーかい」

『それでもこの一年で缶珈琲を飲めるまでになったんだね』

「珈琲と思わなければいけるよ」



それも十分珈琲なんだけどね。

似合わない缶珈琲を持って、さらりと言ってのけたレンに、流石御曹司って返した。



「あー!!レン!ずるーい!俺もー!!」

「イッキ、ホントに元気だね」

『お疲れ様、音也』



噴水の向こう側から勢いよく走ってきて、
“俺もここで休憩する”と、ストンと音を立てて(レンの反対側の)アタシの隣に座り込む。
大きく欠伸をしながら、羨ましい程綺麗な緋色の髪を掻き上げた。



「●●、一口ちょうだい」

『それ、ココアだよ?』

「うんー、」

「あ、コラ!イッキ!」



手にしていた缶を奪って、“ココアも好きー”だなんて言いながら、ソレをごくりと飲む。
それに焦ったレンがアタシを挟んで音也の手を掴み、何してんだよ、と聲を荒げた。



『ちょっと、暴れないでよ!』

「そうだぞ、神宮寺」

「退きなさい、音也」



バタバタと騒がしい二人の身体を下段へと押し退けて、ソコに滑り込むように腰を下ろした真斗君とトキヤ。
二人ともいつも通りの涼しげな表情で、お互いのルームメイトを押さえ込んでいる。



『お、お疲れ様、二人とも』

「お疲れ様です、●●。…こんなところに居て風邪でも引いたらどうするんです」

「同感だ。指先が冷たくなっているぞ。」



いきなり現れたルームメイトに、抗議の聲を揃えて上げている二人なんてそっちのけで、寒さがマシになったとは言えまだ肌寒い空気に晒されていたアタシの手を取った。

トキヤと真斗君の暖かな手に、少し悴んでいたソレが解凍されていく。



『ここだと頭が冴えるんだよ』

「今風邪を引く方が厄介だろうに」

『それもそうなんだけどね』

「程々にして下さい」



小煩く聞こえるこの小言も日常茶飯事。
彼らの面倒見の良さから、今ではトキヤも真斗君もお母さんみたいに思えてくる。
そんな事を言えばショックで落ち込んでしまいそうなので、ナイショなんだけど。
(自分的にはお母さんのような彼らは、それはソレで気に入っている)



「おい、何するんだよ、聖川!」

「自業自得だ。●●が迷惑しているだろう」

「酷いよ、トキヤぁ!」

「騒がしい貴方が悪いんです」

『全然静かじゃなくなってきた…』



まぁこの光景も少なくはない。
違うクラスとは言え、お互いのルームメイト同士、構内で集まる事は多い。

一年間でこの騒がしさにも十二分慣れた。
仲の良い仲間達と何かにつけて集えば、時を忘れてわいわいと騒いできた。

そんな彼らに囲まれて目まぐるしい日々を送るのも居心地が悪いわけではない。
寧ろ自ら好んでいる程だ。

が、今は休憩、若しくは最終の手直しをしたかったのに。



「●●ちゃん発見です!」

『わわっ、と、那月君!?』



後ろから両脇に腕を入れて、ひょいと持ち上げてきたのはふわふわのミルクティブラウン。

一気に視界が186cmのソレになるものだから、地面がいつもよりも遥かに遠い。
那月君が力持ちって言うことは百も承知だけし、高所恐怖症って訳ではないけれど、フワッと浮いた身体の不安定さに彼にしがみついた。



「●●ちゃん、超超可愛いです」



そんなアタシにお日様のような笑顔を向けて、一度ぎゅっとアタシを抱き締めて、ゆっくりとその場へ降ろす。
那月君のルームメイトが騒ぐ程の力ではなく、とても優しく。



「翔ちゃんは一緒じゃあないんですか?」

「翔ならレコーディングルームで見掛けたよ!」

『あ、うん。気に入らない箇所があるとかで歌い込んでるみたい』



そう。
さっきも言った通り、アタシのパートナー様はホントに暇があればレコーディングルームに籠ってる。
自分の苦手な箇所を、思い通りに歌えていない所を。
レコーディングルームでそれと向き合ってるんだ。

もうアタシが口を挟める段階はとうに過ぎて、後は彼が納得行くまでそれを掴むまで、彼の努力次第。



「今更焦ってどうこうなるのであればソレまでの実力です」

『…酷い言い様だね、トキヤ』

「これでもライバルの調子を気にしているんです」

『翔だってそんな事くらい分かってるよ。だから毎日籠って頑張ってるんだもん!』



無意識に聲は荒いで、トキヤに反発してた。

喉を労りながら、一生懸命自分に向き合ってる。
トキヤの言うことは最もで、言い訳なんて通じない世界って言うのも分かってる。

ソレでもアタシ位は彼に“頑張ったね”って言ってあげたい。

一年間、一番近くで見てきたんだから。



「っていうかさー、」



トキヤのバカ!って言いそうになった瞬間、その空気を裂くように、音也の聲が響く。



「そんなにむきになるとかさー、二人は結局付き合ってるわけ?」

『はぁ!?』

「ね、気にならない?」



俺は●●の好きな人とか超気になるーだなんて言いながら、他の四人にも同意を求めた。



「そうだな、実の所どうなんだ」

「私達は貴方のパートナーの座を翔に譲ったんですから、知る権利がありますね」

「翔ちゃんと●●ちゃんがお付き合いするなんて可愛いですね!」

「那月、なんかそれは違うかも」

「で?どうなんだい?お兄さん達は心配してるんだよ」



腕を組ながら、頭を傾げながら、身を乗り出しながら。
一気に向けられる視線に頭がついていかない。



『え、あ、…えっと、』

「「「「「で?」」」」」



迫るように口々を揃える大切な仲間達。
冷や汗が全身に流れた気がした。











***











「ーーー…っつーわけか」



レコーディングルームに籠って数時間。
喉が痛くなっても困るなと、休憩を挟もうと部屋を出た。


昼食も抜いてたから何か食おうかな、なんて思いながら廊下を歩いていた時。


勢いよく曲がり角を曲がってきた我がパートナーにぶつかり掛けて、それを避けようと一歩下がった瞬間腕を掴まれて。
そのまま雪崩れ込むように空いていた教室に滑り込んだ。

“いきなり何…”って言おうとした口は、彼女の右手で塞がれて、目の前で“シッ”と人差し指を唇に当てた。

そうしたら、音也達の聲が聞こえてきて。
“逃げられた”だなんて言う会話を聞いてしまったからには何か面倒なことになったんじゃあと思った所で事の成り行きを聞かされた。
と言うわけ。



『…うん。もうホンットにこう言う時だけ団結するんだから』

「あいつら…ったく」



“ナイショってゆって逃げてきちゃった”って心底うんざりな表情を浮かべて、壁に凭れ掛かかりながらずるずると座り込む。

肩で息をしている辺り全力で逃げてきたみたいで。



『ゴメン、巻き込んで』

「や、大丈夫」



邪魔しちゃったねと少し塞ぎ込んでいる●●の頭をポンポンと撫でる。



「お前は悪くねぇよ。あいつらが厄介なんだよ」



仲の良い友人達ではあるけど、こう言ったときのめんどくささは学園長にも匹敵するんじゃないかって位、鬱陶しい。

そんな事を言っちゃー悪ぃとは思うけど、あの団結力は半端無い。
それは新しいオモチャを見付けた子供のそれと同じくらい。



「暫く隠れてたら諦めるだろ。気にすんな」



●●の髪を軽くくしゃくしゃにすれば、“ちょっと翔、もう!”って言いながらも顔を綻ばした。



実のところ、なんて際どい質問をしやがるんだ、音也の野郎は、って。
ちょっと心臓はバクバク鳴っている。

そんな事、俺の方が知りてぇよ。

確かに一年間一番近くにいた。
●●の事を一番分かってるのも俺だと胸を張れる。…と思う。
俺らしさの溢れる曲を作れるのも●●だと思うし、それに応えられるのも俺だと思う。

なんでこんなに曖昧かと言うと、この関係は酷く曖昧なんだ。


お互いに“好きだ”と言ったことはない。
当たり前に校則は無視出来ない。


でもそれ以上に。
気持ちを伝えれば、この関係が壊れてしまうんじゃないかって。
この心地良い距離が変化してしまうんじゃないかって。
そんな恐怖が頭を占めてた。



『…練習は順調?』

「え?あ、まぁ、な」



焦って纏めて持ってきたのか、ちょっとシワが寄った楽譜を広げながら“そっか”と呟いた。

俺が貰ったコピーとは異なった音符が数ヶ所目立つ。
何度も消しては書き込まれた鉛筆の跡。
埋まってた筈のフレーズ。
そして今まさに目の前で書き込まれていく音符達。



「これは…」

『少しでもね、カッコ良くしたいなって思って、ちょっと変えたんだ』



“どう?”って見せてきた楽譜を目で追いながら、口ずさむ。



「す、げぇ…」

『良い!?』

「おう!!すげーカッコいい!!」



それは更に疾走感が加わって、今までに無い位、俺好みの曲に進化していた。

そうと決まれば疼くのは歌い手の性。
こんなとこでじっとなんかしていられない。



「ピアノ、弾いてくれよ!俺歌うからさ、合わせよーぜ」

『うん!』

「レッスンルームも予約してある、ん…だ」



勢いよく教室のドアを開けて、●●の手を取って走り出そうとした。

んだけど。



「翔ちゃん、●●ちゃん見ぃ付けた!」

「『ぎゃっ!!』」


揃って出たのは悲鳴にも似た聲。

いつから居たんだお前はっていう俺の聲は掻き消され、心底嬉しそうな顔で“二人とも超超可愛いです”って抱き付かれて。
那月のデケェ身体に二人纏めて埋もれた所為で、進路は閉ざされてしまった。



「那月!!はーなーせー!!!」

「二人ともだぁい好き!ぎゅうぅぅです!」

「おいぃぃ!!!痛ぇっつーの!っ、●●!」



人の話を全く聞きやしねぇ那月のバカ力に、●●が押し潰されるんじゃないかって心配になって見れば。
案の定目をぱちくりとしながら呆けていた。



「大丈夫か!?」



那月の腕の中から抜け出して、●●の身体も救出して。
不運にもその聲の所為で俺達を見付けたレン達も廊下の向こうから“居た居た”って駆け付けた。

“やべぇ、逃げるぞ”って隣に立つ●●に目を向ければ、何故か肩を震わせている。



「え、どうし…」

『ふふ、そっか、あはは!簡単なことなんだ!』

「な、何がだよ!」

『や、なんか、ね』


笑い過ぎて赤くなった涙目で俺達6人をゆっくり見渡した。



『面倒見の良いトキヤや、
真斗君のお小言、
元気一杯の音也に、
抜群のエスコートのレン、
お日様みたいな那月君と。
そしていつだって頑張り屋さんの翔。
ホントに大好きだなーって』



急になんだよと、●●を見れば、真っ直ぐに俺を見つめるビー玉みたいな目とかち合って。


ふふふ、って。
最近見れば見る程深く刻まれていた眉間のシワを綻ばせて、俺達に向けて言った。

此処のところ卒業オーディションの事が頭から離れずにいた所為で、ずっと緊張の糸が張りっぱなしだった●●が、とても穏やかに。

それは迫り来る卒業と言う別れを受け入れて、良い意味で清々しくもあった。



「俺も●●大好きー!」

「僕もだぁい好きです!」

「卒業しても会えなくなるわけではないしな」

「そうですね」

「チャンスはまだまだあるわけだしね」



満足そうに反応を返す那月達ににっこりと笑いながら、繋いだままだった手に力が込められた。



「追いかけ回すのはこれ位にして俺は練習に戻るよ」

「そうだね!そろそろ戻らないとパートナーに怒られちゃう!」



なんて。
去っていく五人なんて目に入ってない。


隣を見れば、耳まで真っ赤にした●●。


繋いだ手から伝染していくように、俺の耳も熱くなって。
多分、ゆでダコみたいに真っ赤になってて。



「なんか、貰って、ばっかだ…」



足音が完全に聞こえなくなったと同時に、漸く聲を絞り出した。

俺のための歌も、そして気持ちも。

胸が一杯になって、溢れて。
ちょっとすごく泣きそうになって。



『届いたんなら、ソレで十分だよ』



赤らめた頬を隠すように少し俯いて、照れ隠しにきゅっと握り締めた手を、ぶらぶらと振った。


そんな●●が堪らなく可愛く見えたんだ。



「あの…さ、●●。オーディションの優勝をお前に贈れたらさ、」



今はもう、怖くない。

一歩は●●が踏み出してくれた。

後はそれに応えるだけ。



「ずっと俺と」



大きく頷いた●●に、オーディションの優勝を誓った。




end

20120313

逆ハーの翔ちゃん落ちで。
ちょっと卒業シーズンとホワイトデーを意識しました。
(whiteday様にアンケートで回答頂きましたリクエストを書かせていただきました。)
難しかった…大人数…。
動かしきれてない感がありました(´;ω;





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