▼20140214中庭







『あれ?…翔?』


レコーディングルームから寮へと帰る途中、通り掛かった中庭。
この寒い中、コートも着ずにボールを囲んで数人の生徒が走り回っていた。

その中心で見知った一際小さな彼。
ちょうど切り上げの時だったようで、聲を掛ければ鞄とコートを肩に引っ掻けて駆け寄ってくる。



「おーお疲れさん!」



今まで蹴り倒していたボールを拾い上げながら、走り回った所為で乱れた髪をがしがしと無造作に梳く。

翔の明るい髪がキラキラと夕陽に照らされた。
女の子以上に手入れの行き届いたソレが光って綺麗だ。



『寒くないの?元気だね』
「むしろ暑っちぃ!汗かいたぜー」
『風邪引く前にコート着なよ』
「おぅ」



何、今帰り?それなら一緒に帰ろうぜ!と言いながら、コートを着ようとした彼の鞄とボールを持ってやる。
女の子と見間違えるような可愛い顔のくりくりした目を細めて、サンキュと言った。



『サッカーとか余裕だね』



不意討ちのそんな笑顔に上擦りそうになる聲を堪えて、吐き出したのは嫌みか。
翔に見えないように小さく溜め息を吐いた。
可愛いげのない性格が心底嫌になる。



「まぁな!…とか言いたいところだけど、コレは合間の息抜き」
『練習の方は順調?』
「まぁまぁってとこ」



好きな事だとは言え毎日籠ってたら息が詰まるぜ、なんて。
彼らしい少し悪戯に笑いながら、ボールをポンポンとヘディングした。
歩きながらこなすとか、流石。



「でも時間は足んねーんだけどさ」



あーあ、とつまらなそうに呟きながら、ボールを頭から背中を滑り落とし、後ろに曲げた足の踵で蹴った。

卒業まで1ヶ月ちょっとで、この校舎で学ぶのもあと僅か。
一年間と言うものは本当に短いと思う。
卒業オーディションで優勝出来るかと言う不安と共に、残り少ない学生生活に寂しさを覚えた。



『早いね、ホント』
「あっという間だったぜ」



チラッと横に目を向ければ、少しだけ高い位置にある翔の肩。
さしてかわらない身長の彼と同じ歩幅で、寮へと足を進める。

初めて出会った時は家来になれだの何だのと、よく分からないことを口走るなと思ったものの、彼の人懐っこさとムードメーカーなその性格で仲良くなるのに時間は掛からなかった。

何かあれば連んでワイワイ騒ぐ。
そんな心地良い関係がいつまでも続けば良いのにと。
その気持ちが恋だと分かった時には、なんでこんなちんちくりん…とも思ったけど。



「…そう言えばさ、マジで誰にもやんねぇつもりかよ」
『何を?』
「…チョ、チョコレート」



口許を手で隠しながら話す彼はどこかばつが悪そうだ。

実は用意していないわけでもない。
見付かれば勿論退学なのかもしれないし、そして何よりタイミングが“今”なのかが分からない。
バレンタインと言うものに踊らされて自分の気持ちが乱れたり、もしかしたら彼の気持ちも乱れてくれたりしたら。
今と言う大事な時にソレが良いのか悪いのかが分からない。

伝えたいとは思うけれど、卒業がかかってる。



「…った、のに」
『…え?』



隣を歩く翔の足が止まる。
聞き取れない程の小さな聲で発した何か。
顔を反らしている彼を見上げれば、不貞腐れたような表情。



「チョコ、欲しかったのに」



当の本人に言えばきっと、顔を真っ赤にしながら怒るだろうけど、女の子顔負けの可愛さを持つ彼。

だけど、ごくたまに。
ホントに男の子なんだなと実感させられる。
今みたいに真っ直ぐ見据えられれば、息が止まりそうになる。



『…翔、手ぇ出して』



翔の数歩前に踊り出て、鞄をごそごそと漁る。
翔に合わせて選んだポップな柄のラッピングの箱を手渡した。



『はい。…チョコ』
「え!?マジで!?」
『因みに、手作りです』
「…すっげー嬉しい」


手の中の箱を見る翔の背中に、季節外れの花が咲いたように喜んでいるのが分かる。



『うん、なっちゃんの』
「アホかー!!!食えるか、そんなモノ!!」
『嘘だよ』



大きな溜め息をつきながら、お前マジあり得ねーなんて。
その割りには頬が少し赤くなっている。

そんな彼につられて零れた笑みをはぐらかす様についた嘘。
だってそうでも言わなきゃ、心臓が口から出てしまいそうなのだ。
特別な意味を持つモノだけに、さっきから身体中が脈打つようにドキドキと煩い。
北風が肌を刺している筈なのに、汗をかいている。




長い間胸の奥で潜めていたモノが、言えと背中を押した。
もう待てない。

発したその言葉に、翔の顔は更に真っ赤に染まり、口を大きく開けてパクパクしている。
その所為でアタシまで顔が熱くなった。



「お、おう…」



そう言って強く繋がれた手は、コレから新しい関係が始まる合図。





“勿論本命だからね”




End

20120214


両想いな片想いな感じのしたかったのですが。
翔ちゃんとはラブラブ感よりも仲が良い感を出せればなと。

投票数の多かったうたプリSクラスの王子様達とのバレンタインを用意いたしました。
宜しければおひとつどうぞ。
間に合わなかった言い訳はdayにて。
何でもない日おめでとう(´;ω;`)
追記*全3ルート全て上げ終わりました。
遅くなってすみません。




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