▼20120214渡り廊下









『トキヤ!』


授業が終わって数時間経っている所為か、人気のない廊下。
シンと静まり返ったソコに、コツンとソールを鳴らして歩く彼を見つけた。

暮れた陽と同じ深い藍色の髪と、陽に焼けないように徹底された白い肌が、夜に溶けて仕舞うんじゃないかって思った。



「お疲れ様です。もうレコーディングは済んだんですか?」
『うん、今帰るとこ!トキヤは?』
「私も練習が終わったので帰るところです」



一緒に帰っても良い?と聞けば、どうぞと返す。
そして歩くスピードを落としてくれる。

初めて出会ったときは何て愛想の無い奴だと思ったけれど、彼と同じクラスで学び、レンや翔達と連み出してからは見方は大きく変化した。
トキヤの方も、余裕の無いトゲだらけだったの性格が、徐々に柔らかなものへと変わっていったのだ。
いつも全身で歌に向き合う、そんな彼に惹かれ恋心を抱くには時間は要さなかった。



『トキヤが遅くまで学校にいるのって珍しいね。仕事で帰っちゃうじゃない?』
「卒業オーディションまで時間が無いですしね」
『あと1ヶ月ちょっとかぁ…』



コツンと二人分の靴音が響く。
この校舎で学ぶのもあと僅か。
一年間と言うものは本当に短いと思う。

卒業オーディションで優勝出来るかと言う不安と共に、残り少ない学生生活に寂しさを覚えた。



「…そう言えば昼間の件ですが、」
『昼?…あぁ、あれね』
「本当に誰にも上げないつもりですか?」
『え…』
「や、聞いてみただけなので気にしないで下さい」



口許を手で隠しながら話す彼はどこかばつが悪そうだ。
無表情の淡白な性格だと言われる彼にしては、珍しい表情。



『…優等生な一ノ瀬君にお願い』
「なんですか、急に」
『退学にならない為の協力だよ』



トキヤの数歩前に踊り出て、鞄をごそごそと漁る。

実はこないだの日曜日に買いに行ったバレンタインのギフト。
トキヤの髪色に合わせて選んだネイビーのラッピングを差し出した。



『黙って貰って』
「…残念ながら、チョコレートは食べれません」



目を泳がせながら、少し戸惑いの色を含む聲。
トキヤらしい。
でもその事は既に想定内の計算ずくだ。
カロリーを気にする彼がバレンタインと言えど、高カロリーのチョコレートを食べるわけがない。



『分かってるよ、チョコじゃないし』
「それなら…開けても?」
『どうぞ』



ガサガサと包みを開けて姿を表したのは、英語のパッケージが付いたチューブやプラスチックケース。



「コレは…」
『ショコラフレーバーのハンドクリームとかボディケアセット』



実を言えばコレはアタシの愛用品。
とは言え、そんな理由で選んだ訳じゃない。
トキヤが前に良い香りですね、って誉めてくれたのだ。

正直、こんなモノで良かったのかは全く分からない。
好き嫌いと言うか、好みがはっきりしているトキヤにプレゼント出来るものは、会話の端々で得てきた情報内で探すしかない。



カパッと音を立ててキャップが外され、チューブの中のクリームがトキヤの手の甲に出された。

男の人なのに細く長い指の先が滑らかにソレを絡めとり、掌全体へと広げていく。
仄かなカカオの香りが廊下に染みていった。



「好きな香りです。使わせて頂きますね」
『ホントに…?良かった!』
「えぇ、有り難うございます」



ふ、と零す様に、あまりにもトキヤが綺麗に笑うから。
トキヤの顔を見れずにえへへと、格好のつかない笑いを返しながら、帰路へ足を進めた。



「貴方と同じ香りなんて、嬉しいです」



フワッとショコラの香りがしたと同時に、耳元で囁かれたトキヤの聲。
低く甘いソレが一瞬で全身を駆け巡る。



『〜…っ、トキヤ!』


鳥肌がゾワゾワって立って、心臓が煩くバクバクいって、聲にならない聲の所為で口がパクパクする。
珍し続きに小さくホントに小さくだけど、はははとトキヤが聲を出して笑った。



「返事は来月でも良いですか?」
『え、あ、うん…』


動けずにいるアタシを置いて、コツコツと数歩歩きながら言う。
大きな聲で好きだと言えない(そして言ってない)けれど、コレはコレで何とも言えない。


「あぁ、そうそう」
『何?…っ、!!』


トキヤの細く長い指がアタシの唇に軽く触れる。
そして再度、耳元に唇を寄せた。



「期待していて下さいね、返事」



少し屈んで悪戯に笑うトキヤに、更に顔が真っ赤になったのはここだけの話。



End

20120214


トキヤはチョコを食べないだろうと思ったので、違うものにしたら難しかった…。



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