▼ツンデレーション







気温35度の真夏日。
気が付けば日陰のベンチの上でした。





ツンデレーション






『あれ、アタシ、』

「あ、起きた?」

『……レン。えっと、』

「軽い熱中症だってさ」



“大丈夫かい?”とサングラスを外しながら、仕事仲間の神宮寺レンが覗き込む。木で出来たベンチに座り直しながら、うん、と返せば、“良かった”と小さく笑う。

そう言えば意識が途切れる瞬間にぐるりと回る視界を見た。目の前の金色のキラキラした髪が揺れて、無意識に手を伸ばそうとして、そのまま青い空が飛びこんできたのだ。あまりの眩しさに眼を閉じれば、そのまま真っ暗と真っ白な世界に包まれた、そんな気がした。



「ベストなんか着ていて暑くない?仔羊ちゃん」



カラッと乾燥はしているものの、照り返しの熱が日陰にも拘らず押し寄せる。こんな季節に重ね着をすることなんて間違いだと言わんばかりの、息苦しさ。
隣の空いたスペースに腰を下ろしたレンがアタシの髪を掻き揚げた。髪と汗ばんだ肌の間に籠っていた空気が抜けていく。



『え、あぁ、』

「脱いじゃいなよ」

『ちょ、暑いって、』

「ね?」



少し離れた位置に座っていたレンが間を詰め、いつの間にか回された腕が腰を引き寄せる。学生のころからレンは何かと近い距離に来ることが多かった。けれどそれには何の感情も含まれていないことも分かっている。こういう距離の詰め方をする時は、決まって誰かをからかう時だ。誰か、も大概決まっている。



「“ね?”じゃねーよ!!レン!」



乾いた空気に、ふて腐れた高めの聲が響く。レンの力で引き寄せられていた身体は、その聲の持ち主の手で、レンと引き剥がされた。トレードマークの帽子を深めに被り直し、レンに向かって掌をひらつかせる。



「何を怒ってるんだい。おチビちゃん」

「チビじゃねぇ!」

『翔ちゃん、もう終わったの?』

「終わってねーし……レン、お前ちょっと向こう行けって」

「おやおや」



レンとアタシの間に飛び込む様に座り込んで、そのままレンの身体をベンチの外へと追い出す。暑いのに我慢して履いているであろうブーツの先をレンに向けて、蹴る真似をした。
“仕方ないなぁ”と言いながらスタッフ(女性)の群れへと軽い足取りで向かうレンに、ごめんねと手を振った。



『もー翔ちゃん、ダメだよ』

「……何が」

『足蹴にするなんてさー』



レンの去っていった方を睨みつけたまま、此方を向こうとしない翔ちゃんに声をかける。いつになく低くて籠った聲が彼の不機嫌さを表していた。
彼に宛がわれた秋服はきちっとした白シャツに流行るであろうチェックのパンツ。きれい目な服装に反し、レースアップの10ホールブーツとラフな大判のストール。ソレと帽子だ。
普段よりも少し落ち着いた衣装だが、彼らしい可愛さがどこかに盛り込まれててよく似合う。



「……何…して…ょ」

『え?』

「〜〜……、何話してたんだよ!」



足を組んでその上に頬杖を付いた翔ちゃんが出す、小さな聲。彼の聲はよく通るのだが、ふて腐れた時に限っては頬を膨らませて小さく呟くのが癖だ。そしてその時は決まってこちらに背を向けている。聞きなれた彼の聲であっても、聞き取るのが困難になる。その度に聞き返すと、更に機嫌を損ねてしまうのだ。
このやり取りをもう何年も繰り返すのだが、毎回同じ轍を踏んでしまう。

キィンと大きな聲が、暑さの所為か脳内に木霊する様に響く。無意識に肩が竦み、小さく跳ねてしまった。



『レンは体調を心配してくれただけだよ』

「……腰に手を回してかよ」



ターコイズの大きな眼がこちらに向く。
真夏の太陽の様な髪と宝石の様な眼はいつ見ても綺麗だと思う。可愛いだとか綺麗だとかそんな言葉を翔ちゃんに向けようものなら、“ばかじゃねぇの”って大きな聲を上げて怒るから言わないことにした。
不機嫌な彼が話している間にこんなことを考えているなんてバレたら、もっと大きい聲で怒られそうだけど。



『あれはたまたまで、』

「たまたまでそう言う事すんのかよ、●●は」

『そういうわけじゃ、』

「じゃあなんなんだよ!」



ダンと大きな音を立てて、眉間に皺を寄せた翔ちゃんがベンチを殴る。
茹だる様な熱気の中、背筋にひやりと寒気が走った。いつも以上に怒気を孕んだ彼が少し怖い。
遠くでスタッフがざわめいて、レンが顔を顰めている。
あぁ、そう言えば撮影現場だったと、思った瞬間。

さっきと同じように世界がぐるりと回る。

暑さの所為ではない。
翔ちゃんがアタシの腕を掴んで、肩を掴んで。
青い空をまた見上げる様に横たわった。
けれど、さっきと違うのはその空との間に翔ちゃんの帽子が見える。
翔ちゃんが太陽の光りを遮る様に覗き込んで、漸くここが翔ちゃんの膝の上だということに気が付いた。



『ちょ、翔ちゃん!?』

「煩ェ。大体●●はレンと仲良すぎだろ。近ェんだよ、距離が。簡単に抱き寄せられてんじゃねェよ」

『え、っと、』



捲し立てる様に、でも小さくもごもごと話す翔ちゃん。
太陽を遮っているせいで翔ちゃんの顔がはっきりと見えない。

ちゅ。

鼻の頭に何かが掠める様に触れる。
それは一瞬の出来事で。
翔ちゃんの顔が近付いたと思ったのに、もう離れていってそっぽ向いている。
ただその顔が耳まで赤く染まっていた。



「お前は……、●●は俺様を見ていたら良いんだっつーの」



小さくてでもはっきりとアタシだけに聞こえるボリュームで。
夏の暑さ以上にくらくらと眩暈が起こりそうな声色で。


気温35度の真夏日に。
アタシの王子様がやきもちを焼いてくれました。




(やるねーおチビちゃん)

End

20130721

長々とお待たせしてすみません!
ツンデレ翔ちゃんでした!
ちょっといつもよりは短めですが、翔ちゃんらしさが書けたっかな?と思っています。
翔ちゃんを書く時は、脳内で下野ボイスで再生されるようになってきました。
リク有難うございました!
喜んでいただけると幸いです。



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