▼Call Me Call Me 仕事用ではないプライベート用の携帯が鳴った。 滅多に使わないこれは充電が半分以下ではあったけれど、着信を告げる余力はあるようだ。 ピリリピリリと初期設定のままの無機質な音を発しながら、小刻みに机の上でバイブレーションした。 その着信を取ったのが3分前だ。 今はと言うとリビングの椅子に掛けていたシャツに袖を通しながら、マンションのエレベーターを待っている。 履きかけの革靴の踵を引っ張りながら、一向に来ないエレベーターボックスに苛立って、カチカチと何度かボタンを押した。 無意識にコンコンと靴先を地面にあててしまっていたようで、買ったばかりの革靴の心配をしているところにエレベーターのドアが開くというタイミング。 どうにか靴に足を滑り込ませて、不安定ではあったけれど下降するそこで靴ひもを結った。 マンションの外へ出ると向かいの建物の隙間からオレンジ色の夕陽が射し込んで、一瞬眼が眩む。 そう言えば今日は洗濯物を干す以外、外へ出ていなかったなと思いながら、帽子を深く被り直して、変装用にと買った黒縁メガネをかけた。 胸ポケットに入れていた携帯が再度震える。 今度はメールだ。 着信よりも短い間隔で震え、着信とは違ったこれまた初期設定のままの受信音が鳴る。 内容を確認しようと画面を見ると、そうこうしている間に電話受け取ってから5分も経ってしまっている。 急がなければ。 これまた無意識に携帯をポケットに突っこんで、普段行っているランニングより少し早い足取りで駆け出した。 あぁ、走るならスニーカーにすればよかったと後悔したのは目的地の駅が視界に入った頃だった。 「…ハ、…●●、」 情けない。 少し走っただけで呼吸が乱れてしまった。 明日からのランニングの距離を伸ばす必要がありますねと、息を整えながら駅前のフェンスに凭れ掛かっている電話の主に聲を掛けた。 最高気温37度の真夏日の、夕方と言ってもそれなりに気温も高く、おまけに湿度もある中を走ったのだから、身体中汗ばんでいて気持ちが悪い。 今日は珍しく一日オフだったから溜まっていた家事をこなして、後は録画しておいた自分が出た番組を見る予定だった。 よっぽどのことがない限り焦ったり取り乱したりする自分は嫌だ。 アイドルの“一之瀬トキヤ”と言うのはそういう人物でありたいと思っている。 それなのにだ。 いつも●●はそんな自分の予定も、理想も全てを壊していく。 いや、それに応えてしまっている自分も自分だ。 放っておけば良いモノを。 そう15分前の自分に言ってやりたい。 『トキヤ!!待ってました!!』 「一体なんですか、迎えに来いだなんて…、」 『ちょっと…肩貸して?』 「は…?」 私を見るなり両掌を合わせて、“お願いしますお願いします”と念仏でも唱えるのかと言う様に祈る●●。 両目は固く閉じられて、私よりも十数センチ低い頭を更に下げて。 『トキヤ様、お願い!肩貸して!!』 「あなたは肩を借りるためだけに私を呼び付けたのですか!?迷惑も甚だしい、いい加減にしてください」 『ゴメンってば!怒らないでっ!』 大体●●はいつもそうです、と小言の一つや二つ、浴びせてやろうかなんて思ったのが悪かった。 横を通り過ぎるカップルに“痴話喧嘩?”などとネタにされ、仕事帰りのサラリーマンには冷めた目線を送られ、買い物帰りの主婦たちには“最近の若い子は、”等と言われている風景が視界に飛び込んできた。 「〜…、、、で。…なんで肩が必要なんですか。」 『貸してくれるの!?』 「まず、理由を言いなさい。」 喉まで出かけていた小言を飲み込んで、未だ両掌を擦り合わせている●●を見れば、花でも咲かす勢いで表情が明るくなっていく。 これ以上言っても無駄だといつも通り理解した私の脳が溜息を吐き出すことで諦めて、何度か生温い外気を吸い込んで気持ちを落ち着かせる。 『実は靴擦れで足が痛くてさぁ。もう歩く度にどこかが擦れて泣きそうだったのよ!それで、今日トキヤが休みだったことを思い出して、電話してみて、今に至るみたいな?』 「みたいな、じゃありません。靴擦れとか馬鹿ですか、あなたは。」 『バカじゃないよ!』 「いいえ、馬鹿です。だから新しい靴を下すときは気をつけなさいと何度言ったことか。」 “足だけ満身創痍なの”と言う●●に、“足だけなら満身と言いません”と返しながら、彼女の足元にしゃがみ込んで青いパンプスを脱がせれば、踵だけではなく足の指の関節や側面までも皮膚が捲れて赤くなっている。 予想以上の惨事に息が詰まった。 『だから言ったじゃん、足が満身創痍だって。』 「今度から絶対に試し履きしてからにしなさい。」 『そうするつもりだったんだけど…、ってトキヤ?』 眼を泳がして何かを呟く●●のパンプスを右手で持ち、背中を彼女に向けて座り直す。 やっぱりスニーカーを履いて来るべきだった。 「早く乗りなさい。帰りますよ。」 『や、おんぶはちょっと、…か、肩で、』 「こんな状態で歩かせられるわけがないでしょう。言っておきますが体力はあまりないのでさっさと帰りますよ。」 早くしなさい、と急かせば、『重いからね?重いよ?ほんとに良いの?』と往生際悪く聞いて来る。 いつもそれくらい謙虚であればもっと可愛げがあるものを、と口にしかけたがこれは言わないでおこう。 折角のオフだ。 ●●と喧嘩する必要もない。 呼び出されたことよりも、寧ろ自分を頼ってくれた嬉しさの方が勝っているのだから。 「●●。さっさと乗らないのなら、…お姫様抱っこして帰りますよ。」 『っえ…!?』 「そちらの方が良かったですか?」 なんて。 彼女の耳元でいつもよりも少し低い聲で囁けば、顔を真っ赤に染めながら口をパクつかせた。 その顔を隠す様に私の背中に顔を埋め、早く帰ろうと小さく急かす。 ゆっくりと彼女の身体を抱えれば、こんなに軽かったのか、と驚いている自分が居た。 『トキヤ、…ありがと。』 首の前で交差された掌をきゅっと握りしめて、●●が言う。 抱えているのが背中で良かった。 きっと彼女からは顔が見えないはず。 緩んでしまいそうな口角を抑え込んで、軽くハイハイと返した。 まぁ、こんな●●が見られるのであれば、取り乱した一之瀬トキヤでも許してやりますよ。 たまに、ですけどね。 End 20121224 リク消化前に、夏に書いていたトキヤ夢を。 夏って…てなりながら完成させてみたのですが、夏の自分はどう終わらせたかったのかが分からないのでちょっと迷子? 多分靴づれが酷かった時なので8月頭に書き始めたと思う…。 冬に書きなおそうか迷いましたが、そのままで。 読んでいただきありがとうございました。 ←一覧へ |