▼温度






フワフワと浮いているような変な感触の中をずっと漂っている夢を見た。
上下なんて最早どっちがどっちかわからない。

辺りは真っ白で、何もなくて。

アタシの中ってそんなもん。

そんな悲しくて可笑しくて笑えない夢。








温度








「…ぃ、●●。おい、●●」



真っ白な景色が急に色付いたと思えば、世界がぐるぐる回り出して。
真斗の聲が夢の中を駆け巡って、アタシの耳に吸い込まれていく。
変な感覚。
でも全然痛くない。
むしろくすぐったくて心地いいのだ。

今まで夢の中をただ漂うだけの身体に、ポンポンと優しく触れる手が暖かくて、ゆっくりと意識を引き上げた。



『…ぅ、ん、』



瞼を開けようとすれば、電球の光が眼球を刺激して、無意識に遮るように片手を翳す。
締めっぱなしにしていたカーテンはいつの間にか開け放たれ、昼間の活発的な太陽の光が射し込んでいる。
室内はいつになく明るい。
といっても12月の日光より、人工的な電球の方が明るいなんて、なんか皮肉。



「●●、起きろ。」

『な、に。…真斗?』



影を作るように電球とアタシの間に身体を割って入って、目元に置いた手を掴まれて。

何度も何度も彼の心地良いトーンで名前を呼んで、柔らかく髪を梳いてくれる。
午睡の手放しがたい微睡みよりも、気持ちの良い真斗の指。



「昨日も遅くまで起きていたのか?」

『…う、ん。夜の方が捗るから。』

「そうか…」



“いつ帰ってきたの?”って頬を撫でる真斗の掌に擦り寄る。
確か今月の20日から撮影だって言って部屋を空けて行った。

真斗が“行ってくる”って言ってから何時間経ったのかは分からない。
一人だと食事はお腹が空かないと摂らないし、カーテンもずっと閉めっぱなし。
静かだからと言ったけれど、基本的に防音のこの部屋は外から遮断されている。

近所の人の聲も、通り過ぎる車の音も、夜の静寂も、月や星の瞬きも。
1ミリだって入り込む隙間はない。



「たった今だ。」

『そ、か。』



さらりと絹糸のような髪がアタシの肌を撫で、真斗の額がコツンと合わされる。
視界には真斗の藍色の清んだ目しか見えなくて、その目に写る自分をじっと見つめた。

距離にしてゼロ。

綺麗にアイロンがかけられた真っ白な綿のシャツにシワがよりそうだなと思いながら、真斗の細くてでもしっかりした肩に腕を伸ばす。
アタシの腕を引き寄せて首裏で交差させれば、少し浮いた身体の下に腕をするりと滑り込ませた。



「冷えきっているではないか。風邪をひいてしまうだろう。喉にも良くない。」



ホントに帰ってきたばかりなのだろう。
外気を纏った彼の服も体もまだ冷たい。
でもぴったりと触れている箇所から真斗の温度が伝わってきて、凍っていたアタシを溶かしていく。
そんな気がした。



『聲が出なくてもね…別に良いらしいから』



いつの間にか彼が買ってきてくれた加湿器と、ゴーゴーと静かに運転しているエアコンが温風を吐き出して、だだっ広い空間を温めていく。

ゆっくりと部屋中に広がって、生暖かいそれが充満して、息が出来なくなりそうな。
空気に溺れる、感覚。

人工的な温度も、人工的な湿度も、ホントは真斗さえ居れば要らない。

そう言うときっと寂しそうに笑うから、もう口にするのは止めた。



『アタシは歌が書ければ良いんだよ。…真斗のために書くの。』



真斗の為だけに。
他の誰でもない真斗のために。



「誰がそんなことを言ったのかは知らないが、●●の聲が聞けなくなるのなら、俺は…」



真斗の人指し指がアタシの唇をつぅっとなぞる。
そのままゆっくりと降りていき、掌全体を首に這わした。

冷えた彼の手にピクンと無意識に肩が跳ねたが、一瞬でアタシの体温が真斗の掌に移って、心地良い圧迫になる。
ドクン、ドクンとアタシの物か彼の物かわからない鼓動がソコから響き、思わず、はぁ、と息を吐き出せば、降ってくるキスの雨。

額に、頬に、瞼に、鼻筋に。
そして唇に。

首に這う手に手を添えて、空いている手と手を絡ませて。


息が混ざり合って、視線が絡み合って。
真斗の指が首に食い込んでいく。



「お前の聲が聞こえなくなるなら、いっそ…」

『…うん。それも良いね。』



この腕の中で息絶えてしまえるのなら、これ以上の幸せはない。
あぁ、なんか歪んでるね。



なんて、笑いながら真斗の頬に手を添えれば、猫のようにそれに擦り寄ってくる。
長い睫毛が少し濡れているように見えたのは気のせいにして、少し身体を浮かして真斗の額に口付けた。



『新しい曲が出来たの。聞いてくれる?』

「あぁ、勿論だ。早く歌わせてくれ。」



ちゅ、と啄む様なキスをしてから真斗から離れて、部屋の真ん中に鎮座するグランドピアノの蓋を開ける。
響板の上に散らばっていた楽譜をスタンドに並べれば、隣に真斗が腰を下ろした。


部屋中が加湿器とエアコンのせいで温かい。
指先まで血が通ったお蔭で上手く弾けそうだ。



きっと真斗が歌えば、最高の曲になる。

この間の曲よりもずっとずっと良い筈。
そうしてアタシは真斗の最高を作り続けて、最高を聞くために生きていく。

いつか貴方の手の中で、と思えば思う程、創作意欲に駆られるのだ。



『今回はね、クリスマスソングなんだよ。』



キリストの誕生を祝う歌なんて、なんか皮肉だね。



そう言って思いきり鍵盤を鳴らした。






20121224

メリークリスマス!
大変遅くなりましたが、アンケリクの聖川で甘いお話。
甘い…のか?
と不安でいっぱいですが、先日自分の一番好きな方向性について語り合わせていただいた時に、「依存高いのが美味しいです。」と。
張り切って言ってしまいました(笑)
と言うことで私なりの甘さ、と言うことで…いかがでしょうか。
あ、だめですか。
実は何タイプか書いているのでおいおい甘い(世間的にも)聖川を更新しようと思っています。
何分スマホを新しいのに変えたらメモ帳の互換性が悪くて…。
手こずってます…。

長くなりましたが、リクエスト有難うございました!



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