▼一番近くに







(四ノ宮双子設定です。)








仕事と仕事の合間のちょっとした休憩時間に、事務所の談話室なるフリースペースで本を読んでいた。




このスペースは寛ぐことを目的として作られたわけではない。
背中合わせに8人ほど座ることが出来る、背凭れの無いソファが三脚。
自販機で買った珈琲を飲む程度の、ほんの僅かな休憩時間用だ。

本当にゆっくりしたいのならそれはそれで別フロアに有るし、それこそ宛がわれた楽屋には寝そべれるスペースだってある。

かくいう自分は、楽屋と言う仰々しいスペースがとても落ち着かない。
それはまだまだ自分自身が半人前だからかもしれない。
CDの売れ行きはまだまだ自慢出来るようなものじゃないと思うし芸歴だって浅いのに、シャイニング早乙女と言う名前の大きさのお陰なのか、ここのスタッフは大きすぎる楽屋を毎回用意してくれる。
鞄やら服やらを無造作に投げ出して、更に大の字で寝ても有り余る大きさだ。
(そんなことはしないけれど。)

だからか休憩時間には、こういう人が行き交う雑多なスペースを利用していたりする。
意外とこういうスペースの方が集中できるし、落ち着くのだ。
それはきっと学生時代、周りにいた友人たちが賑やかで、そんな賑やかな空気に慣れてしまった所為もあるんじゃないかと思う。





今読んでいるミステリーのちょうど新章に入った辺りで、背後から紙を捲る音が聞こえた。
それと共に見えた、ふわふわの癖っ毛が揺れる。
いつの間に訪れたのかはわからない。


“砂月も今日このスタジオだったの?”って聲を掛けようと思ったけれど、そう言えば一昨日アタシのお菓子を食べた食べてないで喧嘩をしたんだったと、思い出した。
話し掛ければこっちが折れたような気がするし、実際アタシはお菓子にありつけなかった。
(期間限定で楽しみにしていたのに。)
そういう時はいつだって砂月が犯人だ。






旧友達は四ノ宮砂月の事を“恐い”と言った。

言葉使いや態度はがさついし、力が強いせいかよく物を壊していたからか。
放つ空気もどこか尖っている。
一卵性双生児の那月とは、似ても似つかない中身。
元々群れる質ではなかったのだろうけど、その所為もあっていつも一人で居たのをよく見掛けた。



でもアタシの中の“四ノ宮砂月”と言う人間はちょっと違う。

正直言って恐怖感は一切ない。
とにかく“意地悪”なのだ。
金緑石のような眼を細め、左の口角を上げて笑うのが印象的で、砂月の顔を思い出せばその表情が脳裏に現れる。
背が高い所為もあって上から見下ろしながら笑う。
那月と同じ顔なのに、那月とは比べ物にならないくらい、意地悪に笑う。


まぁ、多分それだけじゃない。
自分を歌以外で表現する術が見付けられない、他人との良い距離が図れず接し方がわからないと言う、ものすごく不器用な人間なんだろうけれど。

とは言えアタシだって最初から、砂月のその不器用な部分がわかっていたわけではない。
きっと那月と同じクラスにならなければ、言葉を交わすことだってなかっただろう。
砂月は意地悪で不器用で、寂しがり屋。
一年間同じクラスとして連んだ結果、そういう答えに落ち着いた。


多分きっと、お菓子だって、ちょっとした悪戯心とちょっとした寂しさ。

食べ物の恨みは恐ろしいんだよと思いつつも、無意識に構えと言っているようで、アタシは結構彼とのその距離を楽しんでいる。
なんてわかりづらくて不器用な人だ。



『…ねぇ。』



話が逸れてしまったけれど、そんな背中合わせに座った砂月がいつしかその体重をアタシの方へと預けてきたのだ。



「…ん、」

『ちょっと、砂月。』



初めは同じくらいの力加減で、お互いの背中が触れるか触れないかの距離だった。

よくないな、とは思いつつも段々と進展するストーリーに、食い入るように見やすいように体勢を崩し、前屈みになりだした頃、アタシのその行動とは真逆に、さもソファの背凭れに体重をかけるように仰け反ってきた。



『〜…もう!重いってば!』



重圧に耐えきれなくなって聲を上げたのは、小説が終盤に差し掛かり、いよいよと言うところ。
砂月はいつだってそう。
隣に立てば肩に肘を置いたり、視界から消えたかと思えば後ろからのし掛かってきたり。
頭を掴まれたことだってあるし、そこに顎を置かれた事だってある。


退いてよ、と数回肩で砂月の肩を押し返せば、ハァとつく溜息が聞こえてその重みは離れていく。
こっちが溜息つきたいものだと、再度小説に意識を集中させようとした。
と言うか、しようとした。



「…●●。」



眼で文字の羅列をなぞり始めたその瞬間。
アタシの名前を呼ぶ砂月の聲と、彼が今まで読んでいた雑誌を閉じるパタンと言う音。

その音がアタシの耳に届いたころには、小説アタシの手の中からするりと抜き取られ、この広くて狭いソファの上にその雑誌と共に無造作に放り投げた。



『っ、』



しおり挟んでなかったのに、と抗議の聲を上げようと砂月の方へ顔を向ければ、いつの間にか体勢が変わっている彼に息が詰まる。
背中合わせに座っていたはずなのに、今やアタシを囲うようにこちらへと身体を向けていた。



『な、に、』

「…ちょっと、来い、」



一度砂月の長い指が癖っ毛を掻き毟って、むかつく程長い脚が窮屈そうに胡坐を組んで、それからこれまたむかつく程長い腕を大きく広げる。
クイッと指で合図をするその行動に、かぁと頬が熱くなるのを感じた。



『はぁ!?…っ!』

「うるせぇ。」



“なんで”と言おうとした聲は喉の奥で止まって、そのまま消えた。
仏頂面が仕様だというような四ノ宮砂月が、耳まで赤く染めている。
こっち見るなと言いながらも、眼を逸らすことは許さないというような声色。



『ちょ、…っ、』

「ちょっと黙ってろ。」



胡座を組んだ足を崩し、その足の間にアタシの身体を引き込む。
アタシの背中の、腰の辺りで手を組んで、近いけれどほんの少しだけ距離のある、身体は離れているけど体温を感じられる、そんな微妙な距離を作った。

真っ赤に染まった顔を隠す様に少し屈んで、ふわふわの癖っ毛を軽く左右に振って。
それでも隠しきれない耳が、見たことないくらい赤い。



こんな砂月は知らない。



砂月はいつだって誰よりも近い位置に、一歩踏み込んだ位置まで来た。

別にそれが嫌だと思ったことは無いし、案外居心地は良い。
双子特有の那月と砂月の何とも言えない二人だけの空気を、砂月が一歩踏み込んでくれるおかげでアタシは彼と共有できている。
それは人と距離を置く砂月の“特別”になったような錯覚を感じる程に。


それでもこんなに近いのは初めて。
いや、“初めて”だと感じたのは距離だけじゃない。
こんな砂月は見たことがない。

いつだって人の事を見透かしたような眼で上からみる。
意地悪そうに鼻で笑いながら。


こんな、こんな。
冷静さが欠けた、仏頂面じゃない砂月なんて。



「オレから触れなきゃ、来ねぇ、だろ。」

『っ、』



砂月の聲に、心臓を鷲掴みにされたみたいに息が止まる。
早鐘を打つそれが苦しくて痛い。



『っ、ば、か、じゃないの…、』

「うるせぇ。」



背中に回る砂月の腕が熱い。
けど、何故か心地いい。

砂月の腕に力が籠ったのと、アタシの身体がゆっくりと傾いたのはほぼ同時で。

砂月のシャツから石鹸の香りと、甘い甘い彼の匂いに包まれる。


ちらりと目線を上げれば、いつも通り。
悪戯に笑う砂月が見えた。
でもいつもと違って頬が赤い。


ばくばくと鳴る心臓はどっちのモノか。

それでもこの苦しくも心地いい時間が続けばと、頭の片隅で想った。








End

20120716

終わり方がものすごく迷子ですみません。
もうほんとさっちゃんイケメン過ぎて書けない…!!!
最初はもっと悪戯に「オレの事が好きなくせに」とか言わそうと思ってたのに、無理でした。

ちょっと暑さのせいで頭でっかちになって無理矢理文章書いている気がします。
ちょっと勉強し直します。
そしたらさっちゃん夢再挑戦します。

でも、ほんとにアンケリク有難うございました!!!!



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