▼sweet nothings 翔ちゃんがまたひとつ歳を取った。 sweet nothings テレビ画面越しに“ありがと!”って嬉しそうに翔ちゃんが笑う。 クラッカーの弾ける音とカラーテープや紙吹雪が舞う。 年の数だけ灯った蝋燭が乗る大きなストロベリーショートケーキ。 拍手しながら翔ちゃんを囲むのは、一ノ瀬君とレン君。 あぁ、そう言えば、Sクラスのメンバーで出る番組って言ってたな。 時計の針がコチコチと鳴りながら時を刻む。 6月9日になって10分が過ぎた。 『HAPPY BIRTHDAY 翔ちゃん』 テレビの前のローテーブルに昼間買ってきたガトーショコラのホールケーキを置いて、ラグの上に座り込み、ソレにフォークをぶっ刺した。 翔ちゃんはビターが苦手だと言うけれど、どうせ食べるのはアタシだからと敢えてコレにした。 そして『乾杯』って言いながら、画面の翔ちゃんに向けて缶ビールを上げる。 ケーキには合わないと分かっていたし、アタシも得意じゃ無かったけど、ビールも翔ちゃんは苦手だと言っていたから、それも良いかと思った。 ダークブラウンのガトーショコラを口に含んでビールを飲む。 ポロポロと崩れてテーブルを汚す湿ったチョコレートのスポンジ。 置いた衝撃で零れたビールの泡と液体。 チョコの苦味とビールの苦味が口の中で混ざる。 うん、予想以上に合わない。 結構有名なパティシエの店だとか何とかで値が張ったケーキは微塵も美味しいと思えないし、勿論ビールは美味しいと感じることは出来なかった。 テレビの中では嬉しそうに蝋燭の灯を吹き消す翔ちゃん。 スタッフがソレを綺麗に切り分けて、出演者皆に配っている。 「うまい!」と言いながら頬張って、「幸せ」って言った。 ピピピとパソコンが鳴って、Twitterの更新を告げる。 ちょっとよく分からなかったけど、結構前に翔ちゃんと一緒に登録した。 プライベート用だと言ってこっそりと。 フォロワーは親しいヤツらだけにしようなって。 6月9日に書き込まれたソレは全て翔ちゃんを祝う呟き。 最初は音君。 彼はこういうイベント事への反応はすごく良い。 「おめでとー!!翔!!」と言う音君に“サンキュー!!”と返す翔ちゃん。 次はなっちゃん。 「翔ちゃん!超、超おめでとう!」と言う彼に“お前もな!”って返す翔ちゃん。 その後に薫くん、一ノ瀬君、聖川君、レン君がおめでとうと祝いのTweetを上げる。 あ、日向先生や林檎先生まで。 そしてひとりひとりにありがと、と返す。 そんな彼らのやり取りをマウスを動かしながら見た。 苦いだけのビールと、高いだけのガトーショコラと。 どこかで他人事のように。 翔ちゃんの歌う聲が好きだ。 翔ちゃんの屈託の無い笑顔が好きだ。 精一杯頑張る姿も、ほっとけない性格も、時々弾いてくれるヴァイオリンの音も。 デビューして数年。 身長が伸びた翔ちゃん。 音君と興味半分で吸い始めた煙草と、付き合いで飲むようになったお酒。 どちらもたくさんは無理だと言ってたけれど、出逢った15歳の頃の彼からは大きな変化。 アタシの前では煙草も吸わずお酒も飲まないで、相変わらず身長をサバ読むための帽子を被って、王子様みたいに繋いだ手を引いてくれて。 二人の回りだけ、ずっとあの時のまま。 15歳のままだとずっと錯覚してた。 『…ばか』 両膝を抱え込んで、不味いビールをもう一口流し込む。 のど越しが良いって誰かが言ってたけれど、全然良くない。 全然美味しくない。 6月だと言うのに、開け放たれた窓から吹き込むのは肌を刺す冷えた風。 二の腕を擦りながら、自分の膝に顔を埋めた。 テレビからはエンディングを告げる曲が流れてる。 もうすぐ発売だと言いながら翔ちゃんにもらったCDと同じ曲。 またオリコン上位にランクイン出来ると良いなって言ってた。 ばかなのは翔ちゃんじゃなくて、アタシだ。 翔ちゃんはもうずっと前からアタシだけの翔ちゃんじゃなくなってた。 その事に今まで気付かないふりをしてた。 翔ちゃんのブログでも公式ホームページでもテレビでも、翔ちゃんの誕生日を盛大に祝ってる。 そこに“彼女(アタシ)”は要らない。 毎年祝ってあげられない翔ちゃんの誕生日も、毎年祝って貰えないアタシの誕生日も。 要らないモノなんだ。 ガサッ ビニール袋の音がする。 それもかなり近くで。 両膝を抱えたまま寝てしまっていたようで、身じろげば身体が固まったように痛かった。 あれ、いつの間に上着着たっけ、って肩に乗ってるパーカーを手繰り寄せれば、自分のものじゃない香りが仄かに漂う。 自分のものじゃないけれど、すごく好きな香り。 翔ちゃんの香り。 「●●さー、オートロックだからって無用心過ぎだろ。また鍵開けっぱなしだったぞ。」 顔を上げれば花束を持った翔ちゃん。 ピンク、赤、黄色、白。 色んな花で作られた大きなソレを、花瓶に移し変えてローテーブルの中央へ置く。 この花瓶は使う用じゃないのに、と思いながらも、寝起きの頭と口は動かなかった。 「うわ、ガトーショコラとビールって。嫌味かよ。」 机の上に広げっぱなしのソレを一瞥しながら、ガサガサと言う音をたてる。 ビニール袋から出てきた真っ白の箱から、「誕生日って言えばコレだろ」って取り出したのはフルーツがたっぷり乗ったショートケーキ。 テレビで写ってたものよりは小さいけれど、立派なバースデーケーキだ。 中央に“HAPPY BIRTHDAY 翔”と書かれたホワイトチョコのプレートがなんとも彼らしい。 『今日、来れないんじゃ無かっ…、』 隣に座り込んできた翔ちゃんに、昨日そう言ってたじゃん、と言おうと顔を向けた瞬間。 視界一杯に翔ちゃんの顔が写って顔に影を作り、え、って思った瞬間。 ちゅ、とリップノイズが響いた。 唇が離れる瞬間に、ぺろ、って翔ちゃんの舌が唇をなぞる。 呆けてしまったアタシに、片方の口角を上げて、意地悪そうに悪戯に笑う。 ふ、と15歳の翔ちゃんと一瞬被った。 「にっが。やっぱビールとチョコは合わねー。ショートケーキ食おうぜ。」 お揃いで買ったシルバーのカトラリーセット。 その中のフォークをふたつ、食器棚から持ってきて、“はい”と差し出す。 「コレ食いながら祝ってよ。オレのたんじょーびを、さ。」 そのまま翔ちゃんはアタシがガトーショコラにやったように、フォークを直にケーキにぶっ刺しながら言った。 「くち、開けろよ。」 『…ん、クリームが、』 「あ、わりぃ。」 生クリームが塗られたスポンジと苺とピーチを上手く刺して、アタシの口元にソレを運ぶ。 大きく開けたつもりだったけれど、口端にぺっとりと生クリームがついた。 くすくすと笑う翔ちゃん。 “ちょっと、もう、翔ちゃん”ってローテーブルの下に転がってるティッシュボックスに手を伸ばす。 『た、食べさせてくれるならちゃんとさぁ…、』 ラグに落ちたらどうしてくれるんだ。 これ、高かったの知ってるでしょ、って嫌味のひとつでも言ってやろうと思った。 だって、ものすごく甘い。 上手く反応出来なくなる。 ちょっと目頭が熱くなって、ちょっと息を飲んだ。 翔ちゃんの孕む空気が、ものすごく甘い。 「●●。」 あ、また。 甘い空気。 翔ちゃんの顔がゆっくりと傾く。 甘い聲でアタシの名前を呼ぶ。 ぺろ、ってさっきと同じ様にアタシの唇を舐める。 さっきはすっごく悪戯っぽかったのに、今度は違う。 鼻の頭がぶつかりそうな距離のまま、何度も何度も舐める。 その度にちょっとだけ肩がぴくりと跳ねて、ちょっとだけ泣きそうになった。 「…甘。」 翔ちゃん聲が小さく響くと同時に、翔ちゃんの掌が頬を撫でる。 無意識に身体中の力が抜けていく。 トンと後ろにあったベッドに背が当たって、もう逃げ場はない。 『翔ちゃ、』 「好きだ」 翔ちゃんの甘い聲が染み渡る。 そしてゆっくりと塞がれるアタシの唇。 甘い生クリームの味がした。 何度か啄む様に繰り返される口付けに、頭の芯まで溶けてしまうような。 そんな甘い感覚がアタシの身体中を巡って、くらくらして。 空気に溺れてしまうような、そんな不思議な感覚。 沈んでしまわないようにきゅ、と翔ちゃんのシャツの袖を握った。 指先に力は入らなかったけれど、握らずにはいられなかった。 『…誕生日、おめでとう。翔ちゃん。』 名残惜しそうにゆっくりと離れていく翔ちゃん。 アタシの好きな笑顔ではにかんだ。 コツンとおでこを合わせて、頬に添えられたままの手に擦り寄る。 『だいすき。』 晴れた気持ちでそう言った。 真っ直ぐに翔ちゃんの目を見て言った。 さっきまでのモヤモヤなんてもう無い。 「…おう。」 ちょっとそっぽ向いて、素っ気なく話す翔ちゃんに、“ちょっと”って顔を覗き込めば、“見んな”って。 でも相変わらず綺麗に脱色された金色の髪から覗いた耳は真っ赤に染まってた。 何歳になってもアタシの王子様は可愛くて可愛くて、それでいてカッコいい。 『来年も一緒に祝えると良いな。』 「その前に●●の誕生日だろ。」 絶対休み取ってやるって力強く言う翔ちゃんに“ありがとう”って返した。 ガトーショコラよりも数段甘いクリームと、スポンジの柔らかさ。 そしてその後に感じるフルーツの甘味と酸味。 翔ちゃんが買ってきてくれたフルーツショートケーキは今までに食べた何よりも美味しくて。 幸せに包まれて泣きそうになった6月9日の午前1時の事でした。 end 20120616 アンケリク頂いた“翔ちゃんで激切→甘”でした。 甘いのかは勿論のことですが、激切なかったのかが本当に不安。 遅くなりましたが翔ちゃん誕と絡めてみました。 気に入っていただけると嬉しいです。 ←一覧へ |