▼桜雨











はらはらと
降り落ちる春

此処に居ない君を
思い出させた






桜雨





「…切ない歌ですね。」



開いたドアの隙間から零れ出してきた、ぽつりぽつりと紡ぐ歌声に思わず聲を掛けた。

誰も居ないと思っていた空間からの音。
白い壁いっぱいの木枠窓に凭れ掛かる黒髪。
艶やかなその黒が揺れる。
黒曜石の様な大きな瞳と視線が交わって、そしてゆっくりと逸らされて。


聲を発してから何を馬鹿な、と思った。
自ら誰かに干渉するなんて有り得ない。
それでも聲を掛けざるを得ない程、何かに惹かれた。




「貴方の聲に合った歌、ですね。」




窓には薄紅色の桜が風に揺られながら、白に近い太陽の光を仄かに反射させて室内に鮮やかな影を作った。
例年よりも寒い日が続き、四月に入ってもまだ蕾のままだったが、二、三日前からの暖かな気温に一気に狂い咲いた。

一面の薄紅。

その春は風が吹く度高く青い空に舞い上がり、ゆっくりと空中を堪能しながら舞い降りては地面を埋め尽くす。

その影が時折、彼女の頬に映った。
日に焼けた事が今までに一度もなかったのか、雪の様に白い彼女の肌に降るそれは酷く切なげ。

一瞬の接触。

さも愛おしげに触れるのに、その時は長くない。
次の瞬間にはもう地に臥せってしまう。



頬と同じ真っ白な手で足元に置いていた小さなハンドバッグを持ち、赤いパンプスをコツコツと鳴らして、この部屋に一つしかないドアへと足を運ぶ。




「あ、」

『…有難う。』




擦れ違うその僅かな瞬間に聞き取れるか否かのほんの小さな聲で、歌声とはまた違う音程の聲でそう言って出て行った。



私が▲▲ ●●と出会ったのはこれが最初。

この時は彼女の持つ雰囲気や歌声から、アイドル志望だと思って疑わなかった。

この第一印象の所為も有ってか、彼女の歌声は桜を連想させる。
ほんの一時だけ狂い咲くその儚くも美しい一瞬の春。




この興味が恋に変化するのはもう少し先の話。






End

20120521

もっと長引かせるつもりだったけれど、触りの様な短い話もそれはそれで良いかと思って。




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