▼Happiness











「●●!」




都内某所、撮影スタジオのロビーに見慣れた姿。
聞き慣れた聲が●●の名前を呼んで、あ、と零す様に彼の名前を呼べば、スッと上げられる右手。

その手に引かれるように彼の座るソファに腰を下ろす。
今や売れっ子の忙しい翔と、顔を合わせるのは一週間ぶり。
騒ぐ気持ちを抑えて、冷静な表情を取り繕った。




「お疲れ。」




外はすっきりしない雲空。
一昨日から太陽は顔を見せてはくれない。
迎えに来てくれたマネージャーの車の中からその重い雲を眺めながら此処へ来た。
天気が悪いと頭痛が酷い為、楽しみにしていた撮影も億劫になる。

そんな鬱陶しいどんよりとした空気も、翔にかかれば真夏の晴天の様な清々しささえ感じる程。
人知れず何度か堪えきれなかった溜息を吐いていたのに、だ。
向けられる彼の屈託の無い笑顔に眩暈が起きそうになる。




『お疲れ様。』

「おう。撮影、上手くいった?」

『あ、うん!』




早乙女学園を卒業し、アイドルとしてデビューしてから幾つもの仕事をこなしてきた。
有名な事務所の新人だとは言え、所詮は無名。
それはほんの小さなものばかりだったけれど、漸く雑誌の表紙を飾る仕事が舞い込んできた。
それも自分が欠かさず毎月購入しているファッション雑誌。




『可愛い服をたくさん着させてもらえて楽しかったよ!』




不慣れな撮影に戸惑いながらもどうにか撮り終えたソレは、数か月後に店頭に並ぶ。
季節を先取りしたコーディネートに興味が沸く程度の余裕は持てているようだ。




「そっか。ちょっと心配してたけど、楽しかったなら良かった。」

『あ、ありがと。』

「初表紙撮影、成功だな!」




うんうんと頷きながら腕を組む。
綻ばせた笑顔につられて、口角が上がるのが分かった。

昨夜、メールのやり取りをしている時に、今日の仕事内容は伝えていた。
そして翔の予定もその時に教えてもらっていた。

違うスタジオだからか、偶然なことに滞在時間もほぼ同じだったので、空き時間にロビーで落ち合う約束を交わしていたのだ。
(入りの時間はアタシの方が早かった所為で、朝は逢うことが出来なかったけど。)


翔はCDジャケットの撮影らしく、いつものスタイリングが少し華やか。
トレードマークのハットには豪華な王冠のハットピンが付けられ、制服のものとは違うネクタイ。
そして金属の釦が付いたジャケットを纏っている。

お気に入りだと言うアクセサリー達がよく合う衣装。
細部にまで拘る翔の事だからきっと、今回の衣装もスタイリスト達と綿密に打合せしたんだろう。

可愛い雰囲気の翔(本人に言うと物凄く怒られるので言わない)が、とても大人びて見えた。




「ん?何?」

『え、や、今回の衣装も、良いなって、思って…。』




覗き込むように合わせられた視線に聲が詰まる。
頭の中で必死に手繰り寄せた単語を途切れ途切れ吐き出せば、何ら変鉄のない感想になってしまった。

それに少しはにかんだ翔が“おう”と言った。




「あ、ポラ見る?結構良い感じに撮れたんだぜ。ほら。」




差し出された掌に収まるサイズのポラロイドには彼を含めた旧友達。
卒業より一足先にデビューを決めた6人が思い思いのポーズをとって写っている。
撮影ももう慣れたのか、その姿は堂に入っている様に見えた。

翔は左から二番目。

カフェ等のカウンター席によく見かける、足の長い丸椅子に腰掛けている。

微かに好戦的な、挑発するような眼。
余裕すら感じる、弧を描く唇。

誰よりも背の低い彼が、誰よりも胸を張っていた。




「結構スムーズにテンポ良く撮影出来てさ。」




数枚手渡されたポラロイドの中のどれがCDのジャケットに起用されるかは分からないけれど、どれが選ばれてもなんの問題も無いだろう。
タイプの違う6人が誰も見劣りすることなく輝いて見える。

凛として堂々と魅せ付けるように。




『…かっこいぃ…』




数分前にカメラの前で狼狽えていた自分とは大違いだ。
全員自身の見せ方を分かっている。
ついこの間まで、同じクラスで肩を並べていたのに。




「…ソレ、要る?」

『良いの!?…っ、あ、』




ぎゅうっとポラロイドを握り、ソレに向けていた視線を弾かれるように上げた。
思わず出た大きな聲。

翔の大きな眼が見開かれる。




『あ、でも、コレは、』




ダメだ、コレは。
撮影の記念で、とても大切なもの。
易々貰い受けて良いものではない。




「良いよ。●●にやる。」




“貰えない”と翔に差し出すと、二、三度頭を左右に振る。
ポラロイドはもう受けとる気はないらしく、“良い”と言って、被っていたハットを脱いだ。




『え、でも、』

「やるって言ってんの。…でもさ。」




ガシガシとセットした髪を掻きむしって、そしてソファに深く座り直し、ハァ、とゆっくり息を吐き出しながら身体を前に屈める。




「…ちょっと待って。」




掌を此方に軽く見せ、サイドテーブルに置いてあったペットボトルを取る。
それは●●が来る少し前に買っていた様で、常温に晒された所為で冷たい汗が付いている。
キャップを外してペットボトルの水を一気に嚥下した。




『翔…?』

「…かわりに、●●のポラ、ちょーだい。お前も…貰ってんだろ?」

『え?』




合わない視線。
ツンと尖らせる唇。
まっすぐ前を向く彼の視線が游ぐ。
女の子のソレと見間違える程綺麗な肌が、頬が、ほんのりと紅く色付いていく。




『っ、』




遠くを向いていた眼がアタシを一瞥し、ポラロイドを持つ手に翔の手が重なる。




「その服、…似合ってる。」




初めて触れるその温度は酷く温か。
痛くないけれど、強く込められる力。




「あーなんか、恥ずい…。」




“俺、こう言うの苦手なんだよな”って段々小さくなっていく聲に、ふっと笑いが洩れた。
どこかホッとした。


彼の一挙手一投足、発する言葉、向けられる視線。
その全てにドキドキと胸を踊らせて、くらくらと眩暈がして、身体中の血が逆流するような感覚。
だけど、それが自分だけじゃなかったってわかる。

どこか窺うように触れる翔の手に込み上がる愛しさ。


あぁ、翔がホントに好きなんだ。
そう実感した。




『ねぇ、翔。』




重なる手にもう片方の手を乗せる。
両手で翔のソレを包み込んで、指を絡める。
頬が酷く熱いけれど、嫌じゃない。
彼がくれる温かさ。

“良い”だけじゃなくて。




『衣装だけじゃなくて、今回も、翔が一番。一番カッコイイ。』




そう言えば、また。
一点の曇りさえない真夏の太陽の様な笑顔をくれる。




「俺も、●●が一番だ。」




そんな彼と少し距離が近づいた夏が来る。




(交換したポラロイドは宝物)

End

20120519

ちょっといつもと違った書き方を意識したらよくわからない話になってしまいました…。
付き合いだして数日っぽい初々しさを出したかったのですが。。。
久々の翔ちゃん夢でした。



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